衛紹王
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衛紹王(えいしょうおう)とは、金の7代目皇帝。諱は果繩(がじぇん)。
生年不詳。金の5代目皇帝世宗の7男として生まれる。美男子だったが、暗愚な性格だったとされる。1208年に甥の章宗が崩御すると、彼と親密だったこともあり後継者に指名され、12月29日に即位した。衛紹王即位の報を聞いたモンゴルのテムジンは復讐を掲げ、1211年に金の領土への侵攻を開始。衛紹王は将軍の胡沙虎らを派遣して防戦に当たるも、長年の平和により弱体化していた金軍はモンゴル軍の縦横無尽な攻撃に対処できず大敗・壊滅してしまった。朝臣達はこれを機に元から評判の悪い胡沙虎を処罰するよう上奏した。しかし、これを察知した胡沙虎が1213年8月にクーデタを起こし、衛紹王の側近達を殺害。衛紹王自身も幽閉の身となり、11月28日に毒殺された。甥の完顔吾睹補が胡沙虎の手で新皇帝に立てられた。