祥興帝(しょうこうてい)は、南宋の9代目にして最後の皇帝。姓は趙(ちょう)、諱は昺(へい)。
1271年2月12日、度宗の七男として生まれる。モンゴル軍が臨安に迫ると異母兄の端宗と共に福州へ脱出し、衛王に封じられた。1278年、端宗が病死したため趙昺が碙洲梅蔚において新皇帝に即位した。南宋軍は珠江デルタの厓山に立てこもったものの、1279年3月19日にモンゴル軍の総攻撃で壊滅。祥興帝は宰相の陸秀夫と共に海に身を投げた。享年9。この事件は壇ノ浦の戦いに似た悲劇として語られることが多い。