孝明帝
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孝明帝(こうめいてい)とは、北魏の8代目皇帝。姓は元(げん)、諱は詡(く)。
510年4月8日に宣武帝の次男として生まれる。515年に父帝が崩御すると、長兄が夭折していたことから帝位を継いで即位した。当時孝明帝はまだ幼かったため実母の霊太后が実権を握り、垂簾聴政を行った。なお、子貴母死の制度はこの頃には既に廃止されていた。523年、漢化政策に不満を持つ北辺の軍人達が六鎮の乱と呼ばれる大規模な反乱を起こした。南方では南朝梁が攻勢を強め、朝廷内では朝臣の権力争いにより綱紀の弛緩が甚だしくなった。孝明帝はこうした国難を乗り切るために親政を画策するも、528年3月31日、これを察知した胡太后に毒入りスープを飲まされて殺害された。享年19。胡太后が孝明帝の一人娘を男子と偽って新皇帝に擁立したがすぐに廃位され、軍閥の爾朱栄により傍系の元子攸(孝荘帝)が立てられた。