少帝(しょうてい)とは、劉宋の2代目皇帝。姓は劉(りゅう)、諱は義符(ぎふ)。
406年に生まれる。父は劉裕。420年に劉裕が宋を建国したことで皇太子に立てられ、2年後の422年6月26日、父の崩御により皇帝に即位した。ところが、義符は父の喪中にもかかわらず遊興に耽るなどの問題行為で家臣の失望を買い、見兼ねた補佐役の徐羨之らの謀略によって424年7月に退位させられた。弟の義隆が新皇帝となり、幽閉された義符は同年8月4日に殺害された。享年18。