恭帝(きょうてい)とは、西魏の3代目にして最後の皇帝。姓は元(げん)→拓跋(たくばつ)、諱は廓(かく)。
537年、西魏文帝の四男として生まれる。554年、権臣宇文泰により兄の元欽が廃位され、元廓が次の皇帝に擁立された。556年11月21日に宇文泰が死去し、代わって甥の宇文護が実権を握った。翌557年、宇文護は宇文泰の嫡長子である宇文覚への禅譲を要求し、2月15日に恭帝は退位。西魏は滅亡し、宇文氏の北周が成立した。拓跋廓(何故か元姓から拓跋姓に復帰していた。)は宋公の地位に封ぜられたが、その年の内に殺害された。享年20。
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