孝荘帝
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孝荘帝(こうそいうてい)とは、北魏の9代目皇帝。姓は元(げん)、諱は子攸(しゆう)。
507年、献文帝の3男である彭城王元勰の3男として生まれる。父の武功と美しい容姿により出世を重ね、526年に長楽王に封ぜられた。528年に従兄弟甥の孝明帝が実母の胡太后に毒殺されると、これに反発した重臣爾朱栄が元子攸を担ぎ上げて挙兵した。爾朱栄は洛陽に入城すると胡太后を黄河に沈めて殺害し、元子攸が北魏の新皇帝に即位した。翌529年、両者は協力して南朝梁の支援を受けた従兄弟・元顕の反乱軍を破ったものの、朝廷の実権を巡って関係は悪化していった。530年9月21日、孝荘帝は爾朱栄を宮廷に誘き出して殺害した。しかし、憤慨した爾朱氏一族が反旗を翻し、孝荘帝はたちまち拘束されて廃位された。傍系の長広王元曄が擁立され、531年1月16日に孝荘帝は処刑された。享年25。