宇文覚
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孝閔帝(こうびんてい)とは、北周の初代皇帝。姓は宇文(うぶん)、諱は覚(かく)。
542年、西魏の事実上の支配者である宇文泰の3男として生まれる。母は北魏の皇族の元氏。556年10月に父が死去するとその後継者に指名された。557年2月15日、西魏の恭帝から禅譲を受け皇帝に即位。16歳で北周を建国した。しかし、実際には王朝交代の立役者である従兄の宇文護が実権を握っており、独孤信ら重臣を次々排除して専横を極めた。剛毅果敢な宇文覚はこれに不満を抱き、宇文護の殺害を企てるも計画が露見。10月に廃位され、長兄の宇文毓が新たに擁立された。宇文覚は略陽公の地位に封ぜられ、程なくして殺害された。享年17。
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