静帝
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静帝(せいてい)とは、北周の5代目にして最後の皇帝。姓は宇文(うぶん)、諱は闡(せん)。
573年6月、北周皇太子の宇文贇(後の宣帝)の長男として生まれる。生母は朱満月。579年4月1日、僅か7歳で父から譲位され、北周の皇帝となった。当時の朝廷では宣帝の義父に当たる軍人楊堅が権勢を振るっており、幼い静帝の即位後は丞相として更に影響力を強めた。やがて各地で楊堅の専横に反発する反乱が勃発し、北周は混乱状態に陥った。この事態を収拾するとの名目で静帝は楊堅に禅譲し、581年3月4日に北周は滅亡。代わって隋が建てられた。宇文闡は介国公に封ぜられたが、5月11日に楊堅の命で殺害された。享年9。
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