後漢(こうかん)は、中国五代十国時代の王朝(947年 - 950年)。建国者は劉知遠で、劉姓であることから国号を漢とした。
日本では1世紀に光武帝が建てた漢も後漢というが(中国では「東漢」という)、光武帝の後漢は「ごかん」、五代の後漢は「こうかん」と音読することでこれを区別している[1]。
創始者の劉知遠は後晋の河東節度使であった。後晋は946年に契丹(遼)の太宗に滅ぼされた。
歴代皇帝[編集]
- 高祖(劉知遠、在位947年 - 948年)
- 隠帝(劉承祐、在位948年 - 950年)
- 隠帝の死後、郭威によって擁立された劉贇は、その後、湘陰公に格下げされ、後周が成立したのち殺害されたため後漢の正式な皇帝とされない。
- ↑ 山川出版社(「歴史手帳」「歴史年表」)などでは「五代漢」も使用されている。