献文帝(けんぶんてい)とは、北魏の5代目皇帝。姓は拓跋(たくばつ)、諱は弘(こう)。
454年に文成帝の長男として生まれる。11歳の時に父帝が崩御したことで即位するが、義母の馮太后が垂簾聴政を行ったため実権はなかった。やがて成長した献文帝は親政を志すようになり、馮太后と激しく対立するようになった。471年に馮太后に脅迫され息子の拓跋宏(孝文帝)に譲位し、自身は中華史上初の太上皇帝となった。その後も対立関係は続き、476年7月20日に献文帝は毒殺された。享年22。