孝武帝 (北魏)
ナビゲーションに移動
検索に移動
孝武帝(こうぶてい)とは、北魏の13代目にして最後の皇帝。姓は元(げん)、諱は脩(しゅう)。
510年に孝文帝の孫として生まれる。武勇に優れ、530年平陽王に封ぜられた。532年、権力者高歓が自身の傀儡とするために元脩に皇帝即位を打診してきた。元脩は一度は謝絶したものの再三の説得に折れ、後廃帝(元朗)からの禅譲により玉座についた。しかし、いつ高歓に処されるか分からない恐怖に怯えるようになり、534年7月、都の洛陽から有力家臣宇文泰が守る長安へ脱出した。宇文泰は当初は孝武帝を歓迎したが、やがて女性関係を巡って対立するようになった。535年2月3日、孝武帝は宇文泰に毒酒で殺害された。享年25。以後の北魏は高歓が擁立した孝静帝の東魏と、宇文泰の傀儡である文帝の西魏に分裂することとなる。