後主 (北斉)
ナビゲーションに移動
検索に移動
後主(こうしゅ)とは、北斉の5代目皇帝。姓は高(こう)、諱は緯(い)。
556年5月29日に生まれる。父は武成帝で、嫡出の長男だった。565年に譲位され、569年に父帝が崩御したことで親政を開始した。暗愚な皇帝であり、和士開などの奸臣を登用して政務を放棄。聡明な弟の高儼を処すなどの蛮行により人心は離れ、軍隊は大幅に弱体化した。南朝陳の文帝はこれを好機と捉え、戦争を仕掛けて北斉の領土を削り取った。さらに北周の武帝が華北統一を目指し総攻撃を開始。北斉軍は壊滅し、後主は長男の高恒に帝位を押し付けて逃亡を図るも失敗。北周軍に捕縛されたがこの時点では処刑はされず、温公の地位を与えられた。しかし577年11月30日、家臣の裏切りにより反乱の嫌疑をかけられ殺害された。