後廃帝(こうはいてい)または安定王(あんていおう)とは、北魏の12代目皇帝。姓は元(げん)、諱は郎(ろう)。
513年に生まれる。父方の曽祖父の拓跋楨は北魏の4代目皇帝文成帝の弟である。531年、将軍の高歓が爾朱世隆とその傀儡の節閔帝(元恭)に叛旗を翻すと新皇帝に擁立された。翌年4月に高歓は元恭と南朝梁の支援を受けた元悦を倒し、元朗が北魏唯一の皇帝となった。しかし、高歓はより血筋が北魏嫡流に近い元脩(孝武帝)の方が都合が良いことに気づいた。まもなく元郎は元脩に禅譲させられ、532年12月26日に元恭と同じく宮城内で暗殺された。享年20。
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