神宗 (宋)
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神宗(しんそう)は、北宋の6代目皇帝。姓は趙(ちょう)、諱は頊(きょく)。
1048年5月25日に生まれる。1067年1月25日、父英宗の崩御により帝位を継いだ。即位後、地方行政で功のあった王安石を宰相に登用し、朝廷の効率化と経済活性化を図ることで財政の再建を試みた。王安石は神宗の期待に応え、青苗法・保甲法・市易法といった新法を次々と制定していったが、こうした新法は地主などの既得権益層の利益を害するものが多かったため、彼らは司馬光の下に団結し旧法党を形成。王安石を支持する新法党と対立した。1070年代半ばになると新法の成果もあって財政は次第に好転し始めた一方、1076年に王安石が宰相を辞任した。以後も神宗自らの指揮で改革は進められ、退潮気味だった北宋の国力は一次的に回復した。自信を深めた神宗は西夏遠征を敢行するも大失敗に終わり、1085年4月1日、ショックのあまり体調を崩して崩御した。享年38。六男の趙煦が後を継いだ。