章宗 (金)
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章宗(しょうそう)とは、金の6代目皇帝。諱は麻達葛(まだが)。諡号は憲天光運仁文義武神聖英孝皇帝(けんてんこううんじんぶんぎぶしんせいえいこうこうてい)。
1168年8月31日、金の皇太子胡土瓦の嫡男として誕生。1185年に父が亡くなったため皇太孫に立てられ、1189年の祖父世宗の崩御により6代目皇帝に即位した。章宗は科挙の導入を始めとする漢化政策を進め、世宗の「大定の治」に続く安定期を現出した。また、彼は金朝きっての文化人でもあり、北宋の徽宗の絵画や書体に親しみ、宮廷に文人を招いて芸術の発展に努めた。1208年12月29日に崩御。享年40。男子は皆夭折していたため、叔父の果繩が後を継いだ。章宗の統治した約20年間は後に「明昌の治」と称えられたが、同時に漢風の華美な風潮が浸透したことで国庫が逼迫し、軍も弱体化した点は見逃せない。現に北方では1196年のウルジャ河の戦いで勝利したテムジンが勢力を増していた。