鉄道敷設法第63号ノ2
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鉄道敷設法第63号ノ2
| 原文 | 静岡県二俣ヨリ愛知県豊橋ニ至ル鉄道 |
| 開業区間 | 天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線 天竜二俣 - 新所原 41.6 km |
| 未開業区間 | 全区間開業 |
| 鉄道先行路線 | なし |
| 並行して走る主な道路 | * 新東名高速道路 |
鉄道敷設法第63号ノ2(てつどうふせつほうだいろくじゅうさんごうノ2)は、1922年(大正11年)4月11日に公布・施行された鉄道敷設法の「鉄道敷設法中改正法律」(昭和8年3月30日法律第38号)で建設予定線として掲げられた鉄道路線。
概要[編集]
現在の地名の表記で静岡県浜松市天竜区二俣町より愛知県豊橋市中心街に至る鉄道計画であり、ほぼ現在の天竜浜名湖線天竜二俣駅以西に沿っている。
既に、鉄道敷設法第63号で掛川駅から遠江二俣(宮口)間(遠美線)が掲げられ、気賀以西で浜松鉄道から分岐して浜名湖北岸沿い経由で、愛電線と接続する遠三鉄道の免許が1922年(大正11年)に交付されていたが、1933年(昭和8年)に日本が国連を脱退したことで、東海道本線の浜名湖の橋梁が艦砲射撃で攻撃され不通になった際のバイパス路線の敷設が急がれたことから、遠江二俣から新所原までの国鉄線建設が掲げられたもの。
1940年に光明電気鉄道の一部廃線敷を利用し、国鉄二俣線として開通したが、1945年の終戦に伴い、バイパスとして殆ど意味がなくなり、沿線は農村地帯で、かつ公立高校も普通科の通学区が3つに分かれて長距離通学の生徒が少なく、収入になる需要がそこまでなかったことから第2次廃止対象特定地方交通線に指定され、第三セクターに転換された。
新所原 - 豊橋間は東海道本線を流用したが、東海道本線のバイパスとして計画されたため当初の計画とは異なった可能性もある。
因みに、新所原駅西方に東海道本線上り線を乗り越えて二川駅へ至る連絡線があり、また豊橋まで直通する列車も国鉄時代にあったが、天竜浜名湖鉄道に転換されて以降は、全列車新所原折り返しとなったため、現在計画区間を全線走破する列車は存在しない。
沿線自治体[編集]
関連項目[編集]
脚注[編集]
- 注
鉄道敷設法別表 |