レオーン5世
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レオーン5世“アルメニオス”(希:Λέων Εʹ ὁ Ἀρμένιος)は、東ローマ帝国・ニケフォロス朝の4代目皇帝。
775年頃、アルメニア人の家系に生まれる。軍人として出世を重ね、813年にミカエル1世ランガベーの譲位を受けて東ローマ皇帝となった。当時の東ローマはブルガリア帝国との戦争中だったが、814年にブルガリア皇帝クルムが急死。レオーン5世はクルムの後を継いだオムルタグと30年間の和平を結ぶことにより国境の安定化に成功した。一方、内政ではエイレーネーの代に中止されていたイコノクラスムを復活させ、宗教対立を再燃させた。また旧友のミカエルとの対立が激化し、820年に彼の処刑を決定した。ところが処刑前日のクリスマスのミサ中にミカエルの支持者達の襲撃に遭い、レオーン5世は暗殺された。これによりニケフォロス朝は断絶し、ミカエルが新たに即位してアモリア朝を創始した。