アレクサンドロス (東ローマ皇帝)
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アレクサンドロス(希:Αλέξανδρος)は、東ローマ帝国・マケドニア朝の3代目皇帝。
870年にコンスタンティノープルで生まれる。次兄レオーン6世とは異なり、バシレイオス1世の子であることが確実とされている。886年、父帝が崩御しレオーン6世が東ローマ皇帝に即位。アレクサンドロスも共同皇帝に据えられたが、政務に関与することはなかった。しかし912年5月11日にレオーン6世が病没すると、遺命によりアレクサンドロスが幼少の皇子コンスタンティノスの後見に指名された。こうして正帝となったアレクサンドロスは兄の政策や人事を次々と撤回し、コンスタンティノスの母后ゾエの一族と敵対した。さらにブルガリア帝国への貢納を打ち切ったことで皇帝シメオン1世の怒りを買い、後に帝都が脅かされる事態を招いた。913年6月6日、在位1年で死去。享年44。甥のコンスタンティノス7世が帝位を継いだ。