レオーン6世
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レオーン6世“ソフォス”(希:Λέων Ϛʹ ὁ Σοφός)は、東ローマ帝国・マケドニア朝の2代目皇帝。なお、渾名の「ソフォス」は「賢者」の意。
866年9月1日に生まれる。公式にはバシレイオス1世の次男とされているが、生母のエウドキア・インゲリナはバシレイオス1世と結婚するまでは前皇帝ミカエル3世の愛人だったため、ミカエル3世がレオーンの実父である可能性も否定できない。879年に長男コンスタンティノスが亡くなり、レオーンがバシレイオス1世の後継者に選ばれた。その後父帝との関係が悪化し一時的に幽閉の身となったものの、886年7月に復帰。同年8月29日、バシレイオス1世が事故死したことで単独皇帝に即位した。レオーン6世は「ソフォス」の渾名の通り学識に富み、ユスティニアヌス1世の代に編纂されたローマ法大全のギリシア語改訂版であるバシリカ法典を完成させたほか、数多くの詩作を残した。他方、外交ではブルガリア帝国やイスラームとの戦争に苦しみ、戦費や賠償金を調達すべく生涯を通じて4度の結婚を繰り返したため、教会と対立した。912年5月11日に病没。享年47。息子のコンスタンティノスが幼少だったため、弟のアレクサンドロスが後を継いだ。