アルタバスドス
ナビゲーションに移動
検索に移動
アルタバスドス(希:Ἀρταύασδος)は、東ローマ帝国・イサウリア朝(シリア朝)の3代目皇帝。
生年不明。将軍時代からレオーン3世に仕え、717年に彼の皇女アンナと結婚した。741年、レオーン3世が死去し息子のコンスタンティノス5世が即位すると、アルタバスドスは帝位の簒奪を画策。コンスタンティノス5世が小アジア遠征で首都コンスタンティノープルを留守にしている隙をついてクーデタを起こし、自身の東ローマ皇帝即位を宣言した。アルタバスドスはレオーン3世の政策を撤回してイコン崇敬を容認したものの、テマの間で支持が割れ、政治基盤を確立することができなかった。743年、コンスタンティノス5世が小アジアから軍を率いて引き返してくると敗北。盲目刑に処されて廃位され、間もなく死亡した。