ミカエル1世ランガベー
ナビゲーションに移動
検索に移動
ミカエル1世ランガベー(希:Μιχαήλ Αʹ ὁ Ραγγαβέ)は、東ローマ帝国・ニケフォロス朝の3代目皇帝。
770年頃に海軍軍人の家系に生まれる。802年、義父にあたる税務長官ニケフォロス1世が東ローマ皇帝に即位したことでミカエル・ランガベーも出世を果たし、クロパラテスの職についた。811年の対ブルガリア戦争でニケフォロス1世が戦死し、彼の実子である共同皇帝スタウラキオスも重症を負い政務を執ることが困難となったため、同年10月2日にミカエルがスタウラキオスに代わって皇帝の座についた。ミカエル1世は減税やイコン崇敬の容認により国内の支持を固め、813年春にブルガリア皇帝クルムに戦いを挑んだがヴェルシニキアの戦いで大敗を喫し、軍内での支持を喪失。ミカエル1世はクーデタを恐れて7月11日に退位し、アルメニア系の将軍レオーン・アルメニオスへ帝位を譲った。以後は修道院に隠棲し、844年1月11日に死去した。