ミカエル3世

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ミカエル3世“メテュソス”(希:Μιχαήλ Γʹ ὁ Μέθυσος)は、東ローマ帝国・アモリア朝の3代目皇帝。なお、渾名の「メテュソス」は「飲んだくれ」の意。

840年1月20日に生まれる。842年、父テオフィロスが没したため僅か2歳で即位した。翌843年、摂政の母后テオドラが正式にイコン崇拝の復活を宣言し、約120年続いたイコノクラスム運動に終止符が打たれた。ミカエル3世は855年にテオドラを追放して親政を開始。863年にはララカオンの戦いでアッバース朝の軍を破り、東方に於ける軍事的安定を取り戻した。この他にも聖堂の建造やスラヴ人へのキリスト教布教を進めたが、867年9月23日、マケドニア系の将軍バシレイオス(→バシレイオス1世)に暗殺された。享年27。これによりアモリア朝は3代で途絶えた。


テオドシウス朝 アルカディウス - テオドシウスII - マルキアヌス
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ユスティニアヌス朝 ユスティヌスI - ユスティニアヌスI - ユスティヌスII - ティベリウスII - マウリキウス - フォカス
ヘラクレイオス朝 ヘラクレイオス - コンスタンティノスIII - ヘラクロナス - コンスタンスII - コンスタンティノスIV - ユスティニアノスII - レオンティオス - ティベリオスIII - ユスティニアノスII - フィリピコス・バルダネス - アナスタシオスII - テオドシオスIII
イサウリア朝(シリア朝) レオーンIII - コンスタンティノスV - アルタバスドス - コンスタンティノスV - レオーンIV - コンスタンティノスVI - エイレーネー
ニケフォロス朝 ニケフォロスI - スタウラキオス - ミカエルI - レオーンV
アモリア朝 ミカエルII - テオフィロス - ミカエルIII
マケドニア朝 バシレイオスI - レオーンVI - アレクサンドロス - コンスタンティノスVII - ロマノスI - コンスタンティノスVII - ロマノスII - ニケフォロスII - ヨハネスI - バシレイオスII - コンスタンティノスVIII - ロマノスIII - ミカエルIV - ミカエルV - ゾエ - テオドラ - コンスタンティノスIX - テオドラ - ミカエルVI - イサキオスI
ドゥーカス朝 コンスタンティノスX - エウドキア - ロマノスIV - エウドキア - ミカエルVII - ニケフォロスIII
コムネノス朝 アレクシオスI - ヨハネスII - マヌエルI - アレクシオスII - アンドロニコスI
アンゲロス朝 イサキオスII - アレクシオスIII - イサキオスII - アレクシオスIV - アレクシオスV - コンスタンティノス・ラスカリス
ニカイア帝国(ラスカリス朝) テオドロスI - ヨハネスIII - テオドロスII - ヨハネスIV
パレオロゴス朝 ミカエルVIII - アンドロニコスII - ミカエルIX - アンドロニコスIII - ヨハネスV - ヨハネスVI - ヨハネスV - アンドロニコスIV - ヨハネスV - ヨハネスVII - ヨハネスV - マヌエルII - ヨハネスVIII - コンスタンティノスXI