レオ2世 (東ローマ皇帝)

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レオ2世(羅:Leo II)は、東ローマ帝国・レオ朝の2代目皇帝。

467年頃に生まれる。父はイサウリア族長ゼノン、母はレオ1世の皇女アリアドネ。474年1月18日に祖父帝の死去によって皇位を継承するも、同年11月17日に在位10ヶ月で病没。父ゼノンが帝位を継いだ。なお、レオ2世は父の暗殺から逃れて修道院に入り、ユスティニアヌス1世の時代まで生き残ったとする生存説がある。


テオドシウス朝 アルカディウス - テオドシウスII - マルキアヌス
レオ朝 レオI - レオII - ゼノン - バシリスクス - ゼノン - アナスタシウスI
ユスティニアヌス朝 ユスティヌスI - ユスティニアヌスI - ユスティヌスII - ティベリウスII - マウリキウス - フォカス
ヘラクレイオス朝 ヘラクレイオス - コンスタンティノスIII - ヘラクロナス - コンスタンスII - コンスタンティノスIV - ユスティニアノスII - レオンティオス - ティベリオスIII - ユスティニアノスII - フィリピコス・バルダネス - アナスタシオスII - テオドシオスIII
イサウリア朝(シリア朝) レオーンIII - コンスタンティノスV - アルタバスドス - コンスタンティノスV - レオーンIV - コンスタンティノスVI - エイレーネー
ニケフォロス朝 ニケフォロスI - スタウラキオス - ミカエルI - レオーンV
アモリア朝 ミカエルII - テオフィロス - ミカエルIII
マケドニア朝 バシレイオスI - レオーンVI - アレクサンドロス - コンスタンティノスVII - ロマノスI - ロマノスII - ニケフォロスII - ヨハネスI - バシレイオスII - コンスタンティノスVIII - ロマノスIII - ミカエルIV - ミカエルV - ゾエ - テオドラ - コンスタンティノスIX - テオドラ - ミカエル6世 - イサキオスI
ドゥーカス朝 コンスタンティノスX - エウドキア - ロマノスIV - エウドキア - ミカエルVII - ニケフォロス3世
コムネノス朝 アレクシオスI - ヨハネスII - マヌエルI - アレクシオスII - アンドロニコスI
アンゲロス朝 イサキオスII - アレクシオスIII - イサキオスII - アレクシオスIV - アレクシオスV - コンスタンティノス・ラスカリス
ニカイア帝国(ラスカリス朝) テオドロスI - ヨハネスIII - テオドロスII - ヨハネスIV
パレオロゴス朝 ミカエルVIII - アンドロニコスII - ミカエルIX - アンドロニコスIII - ヨハネスV - ヨハネスVI - アンドロニコスIV - ヨハネスVII - マヌエルII - ヨハネスVIII - コンスタンティノスXI