スタウラキオス

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スタウラキオス(希:Σταυράκιος)は、東ローマ帝国・ニケフォロス朝の2代目皇帝。

生年不明。803年に父ニケフォロス1世により共同皇帝に指名される。811年7月、父帝と共にブルガリア遠征に赴くも大敗。ニケフォロス1世は戦死し、スタウラキオスも瀕死の重症を負った。その後辛うじてコンスタンティノープルに帰還したものの半身不随により政務を執れず、同年10月1日に義弟ミカエル・ランガベーに譲位し修道士となった。結局退位後も病状が回復することなく812年1月11日に死去した。


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