ヨハネス1世ツィミスケス
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ヨハネス1世ツィミスケス(希:Ἰωάννης Αʹ Τζιμισκής)は、東ローマ帝国・マケドニア朝の9代目皇帝。
925年に生まれる。名門出身の貴族軍人として叔父にあたる皇帝ニケフォロス2世フォカスに仕えていたが、冷遇されたことで不満を抱くようになる。969年12月10日深夜、ヨハネスは皇后テオファノと計ってニケフォロス2世を暗殺し、翌日自らが東ローマ皇帝に即位した。ヨハネス1世はコンスタンティノス7世の娘と結婚して正統性を確保すると、バルカン半島へ南下してきたキエフ大公国の大軍を撃破。ブルガリア帝国やファーティマ朝との戦争も有利に進め、領土を拡大した。975年、シリア遠征の帰途で発病し、翌年1月10日にコンスタンティノープルで死去した。享年51。なお、彼の死に関しては暗殺説もあるが真偽不明である。先々代のロマノス2世の遺児であるバシレイオス2世が後を継いだ。