ロマノス1世レカペノス
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ロマノス1世レカペノス(希:Ρωμανός Αʹ Λεκαπηνός)は、東ローマ帝国・マケドニア朝の5代目皇帝。
870年、カッパドキアのアルメニア人家系に生まれる。海軍に入隊して順調に出世を重ね、911年に帝国海軍司令長官に就任した。917年、コンスタンティノス7世の母で摂政のゾエがブルガリアとの戦争に敗北すると、好機と見たロマノスは919年にクーデタを起こしゾエを追放。娘ヘレナをコンスタンティノス7世に嫁がせ、義父として共同皇帝に即位した。更に920年12月17日にはコンスタンティノス7世を副帝に格下げし、自身が東ローマの正帝(ロマノス1世)となった。ロマノス1世は婚姻政策により支持基盤を固め、レカペノス家の帝位世襲化を画策した。対外政策でも孫娘をブルガリア皇帝ペタル1世に降嫁させる事で西方国境を安定させた。しかし、有能な長男クリストフォロスの死後は後継者問題を巡って息子2人との関係が悪化。944年12月16日、ロマノス1世はマルマラ海のプリンスィズ諸島に追放され、同地で948年6月15日に没した。享年78。なお、2人の息子も後にコンスタンティノス7世との争いに敗れて追放となり、レカペノス家の野望は潰えることとなった。