ミカエル2世
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ミカエル2世“トラウロス”(希:Μιχαήλ Βʹ ὁ Τραυλός)は、東ローマ帝国・アモリア朝の初代皇帝。なお、渾名の「トラウロス」は「吃音」の意。
770年ごろ、小アジア中部の拠点都市アモリオンで生まれる。軍人としてテマ・アナトリコンに勤務し、レオーン・アルメニオス(後のレオーン5世)の親友となった。813年にレオーンが東ローマ皇帝に即位すると、ミカエルは近衛部隊長官に任命された。しかし時が経つにつれて両者の関係は悪化し、820年12月にレオーン5世はミカエルを逮捕した。レオーン5世は12月25日のクリスマスにミカエルを処刑すると決めたが、皇后の諫言により実行を1日延期した。これを好機と捉えたミカエルの支持者らはクリスマスのミサでレオーン5世を暗殺、ミカエルを新たな皇帝に擁立した。ミカエル2世は即位直後からスラヴ人の大規模な反乱に苦しんだものの、ブルガリア帝国を味方に引き入れて鎮圧に成功。他方、827年頃よりイスラーム勢力の侵攻が本格化し、シチリア島やクレタ島を失った。内政面ではレオーン5世が復活させたイコノクラスムを抑え、宗教対立の沈静化を図った。829年10月2日に崩御し、息子のテオフィロスが後を継いだ。