セルビア鉄道219号線
| ツルヴェニ・クルスト=プラホヴォ桟橋線 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国 |
|
| 起点 | ツルヴェニ・クルスト駅 |
| 終点 | プラホヴォ桟橋駅 |
| 駅数 | 38駅 |
| 路線番号 | 219号線 |
| 開業 | 1914年6月14日 |
| 全通 | 1922年8月15日 |
| 所有者 | セルビア鉄道 |
| 運営者 | セルビア鉄道 |
| 路線諸元 | |
| 軌間 | 1435mm |
| 線路数 | 単線 |
| 複線区間 | なし |
| 電化区間 | なし |
| 最高速度 | 80km/h |
セルビア鉄道219号線とはセルビアの鉄道路線である。
概要[編集]
セルビア南部の都市ニシュ近郊のツルヴェニ・クルストから北上してザイェチャルを経てドナウ川沿いのプラホヴォまで至る単線非電化の路線である。旅客輸送が行われる他、ドナウ川のプラホヴォ港への貨物列車も運行される。
歴史[編集]
セルビア南部の鉄道建設は19世紀後半に盛んに行われた。その中で、古代のヴィア・ミリタリス回廊を一部踏襲してベオグラード=ニシュ線が1884年に開業した。6年後の1890年に、セルビアはロシアのトランス・バルカン鉄道の建設計画を受け入れた。この路線は黒海からルーマニアを経てアドリア海へ抜ける鉄道の一部となるものだった。セルビアを通る路線はプラホヴォからザイェチャル、クニャジェヴァツ、ニシュ、クルシュムリヤそして、プリシュティナへ至るものだった。
その後、バルカン戦争、第一次世界大戦の戦争があったが、この路線は戦時中でも段階的に建設がすすめられた。プラホヴォ-ザイェチャル間は1914年6月14日に開業し、ザイェチャル-クニャジェヴァツ間は1915年1月28日に開業、そして、クニャジェヴァツ-ニシュ間は1922年8月15日に開業し、これで全線が開通した。しかし、ロシア帝国の崩壊により、トランス・バルカン鉄道計画は凍結し、ルーマニア側の鉄道が建設されることはなかった。
第二次世界大戦後は、ボル、マイダンペク、ポジャレヴァツへの接続をし、鉱業と鉄道を結ぶためにザイェチャルから路線が建設され、1972年に開通した。
近年ではプラホヴォ及びザイェチャルからブルガリアのヴィディンへのドナウ川の水運の緩和や迂回ルートとしての国際路線の建設の計画が進んでいる。
運行形態[編集]
ツルヴェニ・クルスト-ザイェチャル間[編集]
ニシュ-ザイェチャル間の地域列車が1日2往復の運行。駅間距離が長めで、特にスヴルリグ川沿いの峡谷を通るスヴルリシュキ・ミリコヴァツ - ポドヴィス間は10km離れている。
ザイェチャル-プラホヴォ桟橋間[編集]
地域列車が1日2往復の運行。ザイェチャル-ヴラジョグルナツ間の1区間ではマイダンペク方面の列車が1日2往復運行される。駅間距離は2-4kmが多い。
駅一覧[編集]
| 駅名 | 路線系統 | 接続路線 |
|---|---|---|
| ツルヴェニ・クルスト駅 | Re | 102号線 |
| パンテレイ駅 | Re | |
| マテイェヴァツ駅 | Re | |
| ゴルニャ・ヴレジナ駅 | ||
| ヤセノヴィク駅 | Re | |
| グラマダ駅 | Re | |
| ハジチェヴォ駅 | Re | |
| スヴルリグ駅 | Re | |
| ニシェヴァツ駅 | Re | |
| パリルラ駅 | Re | |
| スヴルリシュキ・ミリコヴァツ駅 | Re | |
| ポドヴィス駅 | Re | |
| ルゴシュテ駅 | Re | |
| クニャジェヴァツ駅 | Re | |
| ゴルニェ・ズニチェ駅 | Re | |
| ドニェ・ズニチェ駅 | Re | |
| ミニチェヴォ駅 | Re | |
| セラチュカ・レカ駅 | Re | |
| マリ・イズヴォル駅 | Re | |
| ヴラタルニツァ駅 | Re | |
| グルリャン駅 | Re | |
| ティモク駅 | Re | |
| ザイェチャル駅 | Re | |
| ヴラジョグルナツ駅 | Re | 218号線 |
| トルナヴァツ駅 | Re | |
| チョコニャル駅 | Re | |
| ソコロヴィツァ駅 | ||
| タバコヴァツ駅 | Re | |
| タバコヴァチュカ・レカ駅 | Re | |
| ブルスニク駅 | Re | |
| タムニチュ駅 | Re | |
| ツルノマスニツァ駅 | Re | |
| ラヤツ駅 | Re | |
| ログリェヴォ駅 | Re | |
| ヴェリコヴォ駅 | Re | |
| コビシュニツァ駅 | Re | |
| ネゴティン駅 | Re | |
| プラホヴォ駅 | Re | |
| プラホヴォ桟橋駅 | Re |