ニシュ

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ニシュ

Ниш / Niš
都市
ニシュの位置(セルビア内)
ニシュ
ニシュ
北⁠緯⁠43⁠度⁠19⁠分⁠15⁠秒 東⁠経⁠21⁠度⁠53⁠分⁠45⁠秒
セルビア国旗.png セルビア
行政管区 ニシュ行政管区
ニシャヴァ郡
面積
 • 都市 42 km2
 • 都市
596.6 km2
人口
(2022)[2]
 • 都市 178,976人
 • 密度 4,261人/km2
 • 都市部
249,501人
 • 都市部密度 人/km2
等時帯 UTC+1 (CET)
 • 夏時間 UTC+2 (CEST)
市外局番 +381-18

ニシュ(セルビア語:Ниш / Niš)とはセルビアの南部の都市である。

概要[編集]

ニシュ行政管区の行政中心地であり、東セルビア・南セルビアで最大の都市である。2022年の国勢調査によると人口は182797人で、ベオグラードノヴィ・サドに次いでセルビアで3番目に最大である。ニシュはニシャヴァ川沿いにあり、南モラヴァ川との合流地点とはそう遠くないところに位置する。ニシュ・バニャと68の郊外集落を含む約596.73km²の面積を誇る。

歴史[編集]

ニシュは長い歴史を通して、様々な国の行政軍事貿易の中心地だった。現在のニシュの地域にあった古代都市ナイススでは、ローマ皇帝コンスタンティヌス大帝コンスタンティウス3世が生まれた。ニシュの地理的位置は軍事的に重要で、多くの征服者にとって魅力的な都市だったとか。歴史を通して、今日の都市が位置する領域は、ダルダニア人トラキア人イリュリア人ケルト人ローマ人フン族アヴァール人そしてビザンチン人セルビア人ブルガリア人トルコ人によって占領されてきた。そして、オーストリア帝国に何度か占領された。1878年オスマン帝国から解放され、それ以来、第一次世界大戦第二次世界大戦中の占領下の短い期間を除いて、今日に至るまでセルビアの一部となっている。現在のニシュに住んでいたさまざまな民族の影響は、市の遺産、特に建築の多様性に顕著に表れている。

交通・文化・地理[編集]

ニシュは交通インフラが発達しており、バルカン半島の陸空交通のハブとなっている。(特にトルコ方面とギリシャ方面への交通量が多い)。また、コンスタンティヌス大帝・ニシュ空港があることからも、ニシュはセルビアの重要な経済大学文化宗教政治の中心地である。 1965年に設立されたニシュ大学には14の学部と約3万人の学生がおり、また、セルビア正教会ニシュ主教区の所在地でもある。行政上は、メディヤナパリルラパンテレイツルヴェニ・クルストニシュカ・バニャの5つの市町村に分かれている。

脚注[編集]

関連項目[編集]