セルビア王国

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セルビア王国(セルビア語:Краљевина Србија/Kraljevina Srbija)とはかつて南東ヨーロッパに存在した君主制国家である。その存続期間の大部分はバルカン半島に位置し、終わりまでパンノニア平原の一部を含むまでの領土を拡大した。

国旗

歴史[編集]

1882年3月6日の国会の法令により、セルビアは王国と宣言され、セルビア公国から昇格した。

セルビア初の国王のミラン・オブレノヴィッチ1889年に当時未成年であった息子のアレクサンダル・オブレノヴィッチに王位を譲るまで統治した。国王が未成年であったため1893年まで3人の摂政が統治した。

1903年6月10日から11日にかけての夜にクーデターが発生し、アレクサンダルが暗殺され、ペータル・カラジョルジェヴィッチが新国王と宣言され、王朝が交代した。

1912年から1913年にかけてセルビア王国は、バルカン戦争(第一次及び第二次)への参戦を通じて、以前オスマン帝国の支配下にあった旧セルビアの地域まで領土を拡大した。

第一次世界大戦の結果、セルビア王国は1918年12月1日まで存続した。この日に、カラジョルジェヴィッチ朝の継続的な統治の下、セルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国の建国が宣言された。この王国の国家統一の儀式的宣言の前に、スロベニア人・クロアチア人・セルビア人国民評議会の結論と、ヴォイヴォディナモンテネグロを統合するという取り決めがあった。

関連項目[編集]