ミラン・オブレノヴィッチ
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ミラン・オブレノヴィッチまたはミラン・オブレノヴィッチ四世(セルビア語: Милан Обреновић/Milan Obrenović、1854年8月10日-1901年1月29日/2月11日)とはセルビア公国及び セルビア王国の公爵(1868年-1882年)及王(1882年-1889年)である。セルビア公国最後の公爵であり、セルビア王国初代国王である。
前公のミハイロ・オブレノヴィッチの暗殺後、14歳で公爵に選出された。選出当初は摂政が統治を行った。
1876年の対オスマン帝国戦争で独立を勝ち取り、1878年のベルリン会議で正式にセルビアの独立が認められた。
サン・ステファノ条約でロシア帝国が「大ブルガリア」の創設を支持したことに失望し、外交方針をオーストリア=ハンガリー帝国への接近へ転換し、オーストリア=ハンガリー帝国はこれを支持し密約により1881年に公国から王国に昇格し、国王になった。