セルビア公国

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セルビア公国(セルビア語:Кнежевина Србија/Kneževina SrbijaもしくはКњажевина Србија/Knjaževina Srbija、Књажество Сербија/Knjažestvo Serbija、Књажевство Српско/Knjažestvo Srpsko)とは、1815年第二次セルビア蜂起後に設立され、1882年セルビア王国 と宣言されるまで存在した国家である。

国旗

この時期に、2つの王家が争い、1842年1858年にそれぞれ王朝が交代した。それぞれの王家は、第二次セルビア蜂起の指導者であり、セルビア公国建国者となったミロシュオブレノヴィッチ公と、第一次セルビア蜂起の指導者であるカラジョルジェである。セルビアのさらなる発展は、経済、文化、芸術の全般的な進歩によって特徴づけられた。これは主に、若者をヨーロッパの大都市に留学させ、そこから新たな知識を持ち帰らせるという賢明な国家政策にもたらされたものである。

公国は1876年から1878年セルビア・トルコ戦争までオスマン帝国の一部であったが、それ以降は正式に独立し領土を拡大した。

首都はクラグイェヴァツ(1818-1841)、ベオグラード(1841-1882)となっていた。

歴代公爵[編集]

関連項目[編集]