アンリ3世 (フランス王)

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アンリ3世(英:Henri III)とは、フランス・ヴァロワ朝の13代目かつ最後の国王。

生涯[編集]

幼少期[編集]

1551年9月19日、フランス王アンリ2世と王妃カトリーヌ・ド・メディシスの三男として生まれる。兄2人とは対照的に健康で、母に溺愛された。カトリック信徒だったが信仰心は薄く、プロテスタントに傾倒していた時期もあったという。また同性愛者女装癖持ちだった。

ポーランド王に即位[編集]

1572年ポーランドヤゲヴォ朝が断絶すると、ポーランド議会は新国王にアンリを選出した。しかし、アンリはポーランド語を話せなかった上にポーランド貴族の派閥争いを統制する能力も欠いていたため貴族の反発を買い、統治は上手くいかなかった。1574年に兼ねてから病弱だった兄シャルル9世が崩御したためポーランド王宮から出奔し、フランスに帰国してフランス王に戴冠された。

フランス統治、暗殺[編集]

当時のフランスは先代シャルル9世時代に始まったユグノー戦争で大混乱に陥っており、アンリ3世はカトリックとユグノーの宥和を試みた。しかし、この結果ユグノーは勿論のことカトリックからも弱腰だと非難され人望を失っていった。1588年、カトリック過激派の市民が反乱を起こしてパリを追われ、シャルトルに逃亡した。アンリは対抗してカトリック過激派の首領であるギーズ公を暗殺したが、1589年8月1日、この蛮行に憤激したドミニコ会修道士のジャック・クレマンに短剣で襲われて死亡した。享年37。彼には後継となる男子がおらず、ヴァロワ朝は断絶した。

関連項目[編集]


フランスの君主
962年 - 1871年
カペー朝 ユーグ・カペー - ロベールII - アンリI - フィリップI - ルイVI - ルイVII - フィリップII - ルイVIII - ルイIX - フィリップIII - フィリップIV - ルイX - ジャンI - フィリップV - シャルルIV
ヴァロワ朝 フィリップVI - ジャンII - シャルルV - シャルルVI - シャルルVII - ルイXI - シャルルⅧ - ルイXII - フランソワI - アンリII - フランソワII - シャルルIX - アンリIII
ブルボン朝 アンリIV - ルイXIII - ルイXIV - ルイXV - ルイXVI
ボナパルト朝(第一帝政 ナポレオンI
復古ブルボン朝 ルイXVIII
ボナパルト朝(百日天下 ナポレオンI
復古ブルボン朝 ルイXVIII - シャルルX
オルレアン朝 ルイ・フィリップ
ボナパルト朝(第二帝政 ナポレオンIII