ルイ18世

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ルイ18世(仏:Louis XVIII)とは、フランス・復古ブルボン朝の初代国王である。

生涯[編集]

1755年11月17日、フランス王太子ルイ=フェルディナンの四男として生まれる。幼い頃はヴォルテールなど啓蒙思想家の著作を愛読していたという。成人するとプロヴァンス伯に封じられ、兄ルイ16世の王妃マリー・アントワネットと対立するようになった。ルイは宮廷内でも人気があり、ルイ16世の後継者として有力視されていたが、結局マリーが王太子を産んだため王位に着くことは叶わないと思われた。

1789年7月14日フランス革命が勃発。王族のルイは身の危険を感じ、1791年にルイ16世らがヴァレンヌ逃亡事件を起こしたタイミングに合わせてベルギーに逃亡した。ポーランドロシアイギリスを転々としながら亡命生活を送り、1814年に皇帝ナポレオン1世が退位するとフランスに帰還、ルイ18世として国王の座に就き一時的に断絶していたブルボン朝を復活させた。しかし、1815年にナポレオンがエルバ島を脱出すると、ワーテルローの戦いによる彼の皇帝再退位までの間ロンドンへの亡命(2回目)を余儀なくされた。

ルイ18世の治世は革命に対する反動がメインだったが、内閣制の採用により自由主義者に対して一定の歩み寄りも見せた。一方、隣国スペインで立憲革命が起こると大量の軍勢を派遣してこれを鎮圧している。1824年9月16日糖尿病による健康悪化で崩御。享年68。彼はマリー・ジョゼフィーヌ・ド・サヴォワと結婚していたが子供は生まれなかったため、弟のシャルルが後を継いだ。

関連項目[編集]