フィリップ5世
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フィリップ5世(英:Philippe V)とは、フランスのカペー朝14代目国王である。
生涯[編集]
1292年ごろ、フランス王フィリップ4世の次男として生まれる。1307年にブルゴーニュ女伯のジャンヌと結婚。フィリップは愛妻家で夫婦仲は概ね円満だったが、1314年、ジャンヌが兄ルイと弟シャルルの妃らの不倫スキャンダル(ネールの塔事件)に関与していたことが判明。ジャンヌはフィリップ4世の命令で幽閉され不貞の罪で裁判にかけられた。フィリップは最愛の妻のために奔走し、なんとか無罪判決を勝ち取ることができた。
1314年に父フィリップ4世が、1316年に兄ルイ10世とその息子ジャン1世が相次いで崩御した。一部ではルイ10世の娘を新王に立てようという動きがあったが、フィリップは彼女は不義の子の疑いがあると主張したうえ、女子の王位継承を禁じるかつてのフランク王国のサリカ法を持ち出して自らがフランス王に即位、フィリップ5世を名乗った。なお、これが前例となり以後フランスでは女王は誕生しなくなった。
フィリップはイングランドのエドワード2世らと度々争う一方、ユダヤ人を保護して財政改革に努めたが、赤痢を患って倒れてしまう。彼はジャンヌの間に7人の子供を儲けたが、2人の男子は全員夭折してしまい、残りの女子もサリカ法のせいで王位を継がせることができず、結局弟のシャルルを後継者に指名した。1322年1月3日に崩御。享年30。