じゃりン子チエ (映画)
『じゃりン子チエ』(英語:Chie the Brat: Downtown Story[1])は、はるき悦巳の同名漫画を原作とする1981年公開のアニメーション映画。映像ソフトや一部のストリーミングサービスでのタイトルは『じゃりン子チエ 劇場版』。
概要[編集]
1981年4月11日初公開。上映時間は110分。高畑勲監督の長編アニメーション映画第2作。本作のカットを一部流用したテレビアニメ『じゃりン子チエ』(1981年10月~1983年3月放送)も高畑が監督(名義はチーフディレクター)を務めた。高畑は本作以後日本を舞台とする作品のみ世に送り出したと回想しており、一つの節目となった作品とされる[2]。高畑の監督作品としては比較的マイナーな作品であるが[2][3]、宮崎駿監督の『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)と並びテレコム・アニメーションフィルムの初期の代表作、日本のアニメーション史上重要な作品の一つであるとされる[4]。
製作はキティ・ミュージック、東京ムービー新社、配給は東宝。アニメ制作の主体はテレコム・アニメーションフィルム[2][5]。キャラクターデザインは小田部羊一、作画監督は小田部羊一、大塚康生、美術監督は山本二三。連続テレビ小説『なつぞら』のヒロインのモデルとされる奥山玲子がメインの原画スタッフとして参加していた[3]。高畑の長編アニメーション映画初監督作『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968年)のメインスタッフが中核に再結集している[2]。主人公チエ役は中山千夏であるが、当時の漫才ブームに乗って[2]、主要登場人物には西川のりお、上方よしお、芦屋雁之助、横山やすし、西川きよし、ザ・ぼんち、笑福亭仁鶴、島田紳助、松本竜介、桂三枝、京唄子、鳳啓助など関西の漫才師やタレント(特に吉本興業所属の芸人)を起用している[2][3][5][6]。中でもテツ役の西川のりおは当たり役と言われる[3][5]。
原作の第1話「チエちゃん登場」から第21話「ウチのお父はん」のエピソードを再構成している[2]。大阪の新世界と思しき下町を舞台に「小学生ながらホルモン焼き屋を支えるしっかり者の少女チエ」と「賭博と暴力に明け暮れるダメな父親テツ」のドラマを主軸とした人情劇である[2]。原作の舞台「西荻」は釜ヶ崎(あいりん地区)がモデルであるとされるが、本作やテレビアニメ版では通天閣が映し出され、舞台が隣接地域の新世界に設定し直されている。寄せ場・スラムとして認知されている釜ヶ崎のネガティブなイメージを払拭しようとする映画会社やテレビ局の政治的配慮があったと考えられている[7]。
同時上映は植田まさし原作、杉山卓監督の『フリテンくん』だった[5]。
1998年に東芝EMIからVHSが発売された。2004年にブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメントからDVDが発売された。2008年にバンダイビジュアルからBlu-rayが発売された。2015年にウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパンの「ジブリがいっぱいCOLLECTION」から本作を収録した『高畑勲監督作品集』のDVD・Blu-rayが発売された。同年に同社の「ジブリがいっぱいCOLLECTIONスペシャル」から本作のDVD・Blu-rayが発売された[8]。徳間書店スタジオジブリ事業本部(のち徳間書店)の『スタジオジブリ絵コンテ全集』から絵コンテが発売されていることもあり、ジブリ映画と見なされることがある。
主題歌[編集]
評価[編集]
大塚康生は「実は私は一見地味に思えるこの作品が、これまででもっとも好きなアニメーション作品のひとつで、くり返し見て楽しんでいます」と評している[10]。
藤岡豊(東京ムービー、テレコム・アニメーションフィルム社長)は日米合作映画『リトル・ニモ』制作にあたり[2]、『ルパン三世 カリオストロの城』と『じゃりン子チエ』の英語字幕付きフィルムを制作し、訪米時にハリウッドでアニメーション関係者を招いて試写会を幾度か行った[4]。大塚康生によると、ディズニーの長老、フランク・トーマスとオリー・ジョンストンは『じゃりン子チエ』を観て非常に驚き、「これは私たちがこれまで見た日本のアニメーションで最高の作品です。テツのような人物はアメリカにもたくさんいます。もちろんチエもしっかりしたアメリカの健気な少女を思い起こさせます。暖かい視線としっかりした人間描写は、私たちディズニーが到達し得なかった素晴らしい作品です。アニメーションに異次元の世界を期待する人たちには戸惑いを与えるかもしれませんが、いつか必ず理解されます。最高の作品で心から拍手を送ります」と言ったという[10]。
斎藤環は劇場アニメとTVアニメを「個人的に、もっとも思い入れが深い作品」と評している[11]。
大山くまおは劇場アニメとTVアニメを大阪下町版「世界名作劇場」と評している。『アルプスの少女ハイジ』との類似を語る人がいるが、どちらかといえば『赤毛のアン』に近く、主人公が「いい子」ではないところや「ウチは日本一不幸な少女や」というチエの嘆きがアンそっくりだと評している[3]。
出典[編集]
- ↑ Chie the Brat: Downtown Story | 1980s | ALL TITLES TMS ENTERTAINMENT CO., LTD.
- ↑ a b c d e f g h i 氷川竜介「『じゃりン子チエ(劇場版)』に見る高畑勲の映画構築術(PDF)」『アニメーション研究』21巻1号、2020年9月
- ↑ a b c d e 大山くまお「高畑勲監督「じゃりン子チエ」は大阪下町版「世界名作劇場」1話から3話まで無料公開中で「ルパン」超え」エキサイトニュース、2019年5月22日
- ↑ a b 三好寛「「日本のアニメーション・スタジオ史」関連レポート 1970年代末から80年代初頭の状況」『公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団年報 2014-2015(PDF)』、公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団編集・発行、2015年7月
- ↑ a b c d 小黒祐一郎「アニメ様365日 第76回 『じゃりン子チエ』(劇場版)」WEBアニメスタイル、2009年3月2日
- ↑ 『じゃりン子チエ』西川のりおが貴重秘話 “チエ”中山千夏から「ちょっと教えたるわ」 オリコンニュース、2024年10月28日
- ↑ 加賀谷真澄「『じゃりン子チエ』と釜ヶ崎――地域性が織りなす物語」『文学研究論集』26号、2008年1月
- ↑ じゃりン子チエ 劇場版|スタジオジブリ ディズニー公式
- ↑ じゃりン子チエ | 1980年代 | TMS作品一覧 トムス・エンタテインメント
- ↑ a b 大塚康生『作画汗まみれ 増補最新版』徳間書店スタジオジブリ事業本部、2001年、193頁
- ↑ 斎藤環『戦闘美少女の精神分析』ちくま文庫、2006年、206頁
関連文献[編集]
- 『アニメージュ』1981年1月号
- 『マイアニメ』1981年5月号
- 高畑勲『映画を作りながら考えたこと』(徳間書店、1991年/文藝春秋[文春ジブリ文庫]、2014年)
- 高畑勲・監督、大塚康生・絵コンテ作画『スタジオジブリ絵コンテ全集 第Ⅱ期 じゃリン子チエ』(徳間書店スタジオジブリ事業本部、2003年)
- 大塚康生『リトル・ニモの野望』(徳間書店スタジオジブリ事業本部、2004年)
- 小田部羊一著、藤田健次聞き手『漫画映画漂流記――おしどりアニメーター奥山玲子と小田部羊一』(講談社、2019年)
外部リンク[編集]
- 映画アニメ じゃりン子チエ (1981) - allcinema
- じゃりン子チエ - MOVIE WALKER PRESS
- じゃリン子チエ - 日本映画データベース
- Jarinko Chie (1981) - IMDb
- 『じゃりン子チエ』シリーズ - YouTube
- 大塚康生氏講演「日本のアニメーションに期待すること」(2)2000年2月27日 於 滋賀県立近代美術館 - 高畑勲・宮崎駿作品研究所