小田部羊一
小田部 羊一(こたべ よういち、1936年9月15日 - )は、アニメーター、キャラクターデザイナー。妻はアニメーター、銅版画家の奥山玲子。奥山とアトリエ羚を主宰し、共同のペンネーム「あんていろーぷ」も使用した。
経歴[編集]
台湾・台北市生まれ[1]。東京都立武蔵高等学校卒業[2]。東京芸術大学で前田青邨(主任教授)、須田珙中から日本画を学ぶ[3]。1959年東京芸術大学美術学部日本画科卒業[4]。1959年4月2日に定期採用で東映動画(現・東映アニメーション)に入社[1]。一次募集で落ち、二次募集で入った[1]。同期に池田宏、黒田昌郎、高畑勲、原徹、ひこねのりおがいる。『少年猿飛佐助』(1959年)で楠部大吉郎の班に入り、動画を初担当[1]。『安寿と厨子王丸』(1961年)で原画補の奥山玲子のセカンド(第二原画)を担当[1]。『わんぱく王子の大蛇退治』(1963年)で森康二の原画補を担当[1]。大工原章からも指導を受ける[3][4]。『わんわん忠臣蔵』(1963年)で原画に昇格。この作品以降、「波のエキスパート」と評価される[1]。『狼少年ケン』(1963-1965年)、『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968年)、『長靴をはいた猫』(1969年)、『どうぶつ宝島』(1971年)、『アリババと40匹の盗賊』(1971年)などの原画を担当。テレビアニメ『少年忍者風のフジ丸』(1964年)、『ハッスルパンチ』(1965年)[4]の作画監督を担当し、『空飛ぶゆうれい船』(1969年)で長編の作画監督を初担当[1]。この間、1963年に奥山玲子と結婚[4]。1964年に小田部は仕事を早く済ませて、保育園送迎のための運転免許を取りに行ったことにより解雇通告を受けたが、奥山らが中心となっていた東映動画労働組合の三役が会社に掛け合って解雇を中止させた[5]。
1971年9月10日に宮崎駿とともに東映動画を退社[1]。アストリッド・リンドグレーンの『長くつ下のピッピ』をアニメ化するためにAプロダクションに移籍したが、原作者から映像化の許諾が得られず企画は頓挫[6]。『赤胴鈴之助』(1972-1973年)の作画監修補[7]、大塚康生と共同で『パンダコパンダ』(1972年)、『パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻』(1973年)のキャラクターデザイン・作画監督を担当。1973年6月に高畑、宮崎とともにズイヨー映像に移籍し[6]、『アルプスの少女ハイジ』(1974年)のキャラクターデザイン・作画監督を担当。少女キャラクターの「上下の瞼を平行する曲線で離し、その間を白いトレス線で結ぶ。上瞼はマツゲを含めて太く、下瞼は細く小さく描」き、「アップ時には瞼の間をかすれた線で結ぶ」画期的なデザインを発案した[8]。演出の高畑勲はこれを評価し、「キャラクターデザイン」という職名をエンディングにクレジットした[9]。クレジットされた前例はあったが、「年間通じて全てのキャラクター設計に担ったという意味で前例ない快挙」であった[8]。小田部が発案した顔の型は小田部が参加していない『未来少年コナン』(1978年)のラナや『赤毛のアン』(1979年)のダイアナにも引き継がれている[9]。「ジブリ顔」といわれるスタジオジブリのキャラクターデザインは70年代を通して高畑勲、宮崎駿、小田部羊一、大塚康生、近藤喜文の協働の中で生まれてきたものである[10]。
1975年6月にズイヨー映像のスタッフが離脱・独立して日本アニメーションを設立。日本アニメーションで『母をたずねて三千里』(1976年)のキャラクターデザイン・作画監督を担当。1977年に奥山とともにフリーとなり、アトリエ羚を主宰。共同のペンネーム「あんていろーぷ」で活動を開始[3]。1978年に奥山とともに東映動画に戻り[6]、奥山と共同で『龍の子太郎』(1979年)のキャラクターデザイン・作画監督を担当。1980年に高畑、奥山とともにテレコム・アニメーションフィルムに移籍し[6]、『じゃりン子チエ』(1981年)の作画監督(大塚康生と共同)・キャラクターデザインを担当。その後、『子鹿物語』(1983-1985年)の作画監督・原画[3]、『風の谷のナウシカ』(1984年)の原画を担当[1]。
東映動画で同期だった池田宏の誘いを受け、1985年12月に『スーパーマリオブラザーズ』シリーズの開発アドバイザーとして任天堂に入社[1]。『スーパーマリオ』シリーズ、『ゼルダの伝説』シリーズ、『ポケットモンスター』シリーズでアートワークやキャラクター監修、アニメーション監修などを担当[3]。この間、『サンゴ礁伝説 青い海のエルフィ』(1986年)のキャラクターデザイン・原画[3]、『火垂るの墓』(1988年)の原画を担当[4]。奥山と共同で『連句アニメーション 冬の日』(2003年)の一篇「初裏五句」を担当。1985年より東京デザイナー学院アニメーション科講師[1]。2005年より飛騨国際メルヘンアニメコンテスト審査委員長[4]。
2007年に任天堂を退社し、再びフリーで活動。同年より東映アニメーション研究所講師[4]。日本アニメーション文化財団理事も務める[11]。2019年に放送されたNHK連続テレビ小説『なつぞら』でアニメーション時代考証を担当。同作のヒロイン奥原なつ(広瀬すず)は2007年に死去した奥山をヒントとし、小田部もモチーフとして取り込んでいる[12]。
賞歴[編集]
- 2010年 - 東京国際アニメフェア2010第6回功労賞[13]
- 2015年 - 第19回文化庁メディア芸術祭功労賞[11]
- 2020年 - 第43回日本アカデミー賞協会特別賞[14]
著書[編集]
- 『小田部羊一アニメーション画集』(なみきたかし編集、アニドウ・フィルム、2008年、新版2019年)
- 『「アルプスの少女ハイジ」小田部羊一イラスト画集』(廣済堂出版、2013年)
- 『幻の「長くつ下のピッピ」』(高畑勲、宮崎駿共著、スタジオジブリ出版部編集、岩波書店、2014年)
- 『漫画映画 漂流記――おしどりアニメーター奥山玲子と小田部羊一』(藤田健次聞き手、講談社、2019年)
- 監修
- 奥山玲子『奥山玲子銅版画集』(アニドウ・フィルム、2019年)
- 奥山玲子『奥山玲子アニメーション画集』(アニドウ・フィルム、2019年)
出典[編集]
- ↑ a b c d e f g h i j k l 叶精二『日本のアニメーションを築いた人々 新版』復刊ドットコム、2019年
- ↑ 小田部羊一さん(7回生)「文化庁メディア芸術祭功労賞受賞」おめでとうございます。 東京都立武蔵高等学校同窓会
- ↑ a b c d e f 伊藤望「アニメーションの作画に関する調査研究 アニメーションの中の線描とデザイン~小田部羊一氏の作画 第一部「小田部氏の線描」」『公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団年報 2023-2024(PDF)』公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団編集・発行、2015年7月
- ↑ a b c d e f g 人物名鑑 » 小田部羊一 アニドウ
- ↑ 田代正則「出産退職誓わされた時代 『なつぞら』舞台モデル・東映動画の労組を訪ねて」『しんぶん赤旗日曜版』2019年7月14日号
- ↑ a b c d 三好寛「「日本のアニメーション・スタジオ史」関連レポート 1970年代末から80年代初頭の状況」『公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団年報 2014-2015(PDF)』公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団編集・発行、2024年7月
- ↑ 赤胴鈴之助 | 1970年代 | TMS作品一覧 アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント
- ↑ a b 叶精二『日本のアニメーションを築いた人々 新版』復刊ドットコム、2019年、173頁
- ↑ a b 石田美紀「ジブリ顔とは何か――キャラクター造形という協働」、米村みゆき、須川亜紀子編『ジブリ・アニメーションの文化学――高畑勲・宮崎駿の表現を探る』七月社、2022年、41-43頁
- ↑ 石田美紀「ジブリ顔とは何か――キャラクター造形という協働」、米村みゆき、須川亜紀子編『ジブリ・アニメーションの文化学――高畑勲・宮崎駿の表現を探る』七月社、2022年、46頁
- ↑ a b 小田部 羊一 文化庁メディア芸術祭 - JAPAN MEDIA ARTS FESTIVAL
- ↑ 藤田健次「最終回「なつぞら」ヒントとなったおしどりアニメーターの開拓史」FRIDAYデジタル、2019年9月28日
- ↑ これまでの顕彰者 東京アニメアワード
- ↑ 第43回日本アカデミー賞 日本アカデミー賞
関連文献[編集]
- 高畑・宮崎作品研究所編『大塚康生さんと語る――大塚康生氏アニメーター生活40周年記念誌 増補改訂版』(RST出版、1995年)
- 高畑・宮崎作品研究所編『近藤さんのいた風景――近藤喜文さん追悼文集』(RST出版、1999年、改訂2版2000年)
- 『BSアニメ夜話vol.7 アルプスの少女ハイジ』(キネマ旬報社[キネ旬ムック]、2008年)
- 中丸禎子、加藤敦子、田中琢三、兼岡理恵編著『高畑勲をよむ――文学とアニメーションの過去・現在・未来』(三弥井書店、2020年)
- 三沢典丈『アニメ大国の神様たち――時代を築いたアニメ人インタビューズ』(イースト・プレス、2021年)
- 竹内孝次、稲村武志、布山タルト『アニメーション〈動き〉のガイドブック――伝わる表現の基礎講座』(ビー・エヌ・エヌ、2024年)
外部リンク[編集]
- 第1回 作画監督 小田部羊一さん その1 - 練馬アニメーションサイト
- 社長が訊く『ニンテンドーDSi』 小田部羊一さんと『うごくメモ帳』 篇
- 小田部羊一 - 作画@wiki - atwiki(アットウィキ)