才田俊次

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

才田 俊次(さいだ としつぐ、1949年7月5日[1] - )は、キャラクターデザイナーアニメーター[2]

経歴[編集]

熊本県山鹿市鹿北町出身[3]岳間小学校[4]鹿北中学校を経て、熊本県立山鹿高等学校卒業[3]漫画家を目指して上京し、赤塚不二夫水木しげるの門を叩くが断られる[5]。『アニメージュ』1982年1月号によると、和光プロで『夕やけ番長』(1968-1969年)、『ドカチン』(1968-1969年)の撮影を担当。1ヶ月で退社、三映プロに移り、『男一匹ガキ大将』(1969年)、『巨人の星』(1968-1971年)の動画を担当[1]。『Film1/24別冊 未来少年コナン』によると、和光プロで『ドカチン』の撮影を担当。1ヶ月後に作画を将来する予定の彩色の会社に移籍し、『夕やけ番長』『巨人の星』の彩色を担当。動画部ができると『夕やけ番長』『男一匹ガキ大将』の動画を担当[5]。『長靴をはいた猫』(1969年)の彩色も手伝った[5]。『タイガーマスク』(1969-1971年)の動画の手伝いでオープロダクションを知る[5]

1970年オープロに入社し、小松原一男村田耕一に師事[6]。『タイガーマスク』で原画を担当[1]。その後、『アルプスの少女ハイジ』(1974年)、『母をたずねて三千里』(1976年)、『赤毛のアン』(1979年)[1]、『ロミオの青い空』(1995年)など世界名作劇場シリーズ[7]や『未来少年コナン』(1978年)、『じゃりン子チエ』(1981年)などの原画を担当[1]。『セロ弾きのゴーシュ』(1982年)では原画を1人で作画した[6]。『小公女セーラ』(1985年)でキャラクターデザイン・作画監督を初担当[7]

2025年時点でも『ちびまる子ちゃん』(1990年-)の作画監督を務める[2]。オープロダクション取締役[6][8]東京工芸大学芸術学部アニメーション学科教授(2014年度まで)、非常勤講師(2015年度から)[8]

主な参加作品[編集]

出典[編集]

  1. a b c d e 『アニメージュ』1982年1月号
  2. a b 【東京都:9/13上映】【特別企画】高畑勲監督作『セロ弾きのゴーシュ』上映&才田俊次・なみきたかし・叶精二によるトークショー@秋葉原UDXシアター ドリパス
  3. a b 熊本・山鹿市出身アニメーター 才田さんの功労賞受賞、母校の鹿北中生が祝う 西日本新聞、2022年11月21日
  4. 『広報やまが』No.148、2013年4月1日号PDF山鹿市
  5. a b c d アニドウFilm1/24編集室編『Film1/24別冊 未来少年コナン』アニドウ、1979年、156-161頁
  6. a b c 中脇初枝・文、才田俊次・作画、すずきえりな・美術『はじめての世界名作えほん せつぶんのおはなし』ポプラ社、2018年
  7. a b セロ弾きのゴーシュ スタッフ オープロダクション
  8. a b 才田俊次先生・最終講義 東京工芸大学芸術学部アニメーション学科

関連文献[編集]

  • 叶精二『宮崎駿全書』(フィルムアート社、2006年)
  • オープロダクション『『セロ弾きのゴーシュ』と才田俊次の世界』(日本アニメーション文化財団、発売:アニドウ・フィルム、2015年)
  • 中脇初枝・文、才田俊次・作画、門野真理子・美術『はじめての世界名作えほん21 きんたろう』(ポプラ社、2018年)
  • 中脇初枝・文、才田俊次・作画、すずきえりな・美術『はじめての世界名作えほん38 せつぶんのおはなし』(ポプラ社、2018年)

外部リンク[編集]