じゃりン子チエ
概要[編集]
大阪の下町・西萩(釜ヶ崎がモデルであるとされる[1])を舞台に、家業のホルモン焼き屋を切り盛りする小学5年生の少女・竹本チエ、博打と喧嘩に明け暮れる無職の父親・テツを中心とする人々の日常を描いた人情コメディ漫画。大衆に人気があり[2]、床屋や町中華にもよく置かれている国民的人気漫画。ギャグ漫画であるものの文学臭が底に強く流れ[3]、「おたくよりむしろインテリ層に強くアピールする作品」とされる[4]。
『週刊漫画アクション』(双葉社)1978年10月12日号から1997年8月19日号に連載された。全786話。単行本は1979年から1997年に双葉社のアクションコミックスから全67巻で刊行された。文庫版は1998年から2004年に双葉社の双葉文庫名作シリーズから全47巻で、2019年から2024年に双葉社の双葉文庫から全34巻で刊行された。また1981年から1983年にジュニア版の『じゃりン子チエ――チエちゃん奮戦記』がアクションコミックスから全15巻で刊行された。1967年創刊の『漫画アクション』は休刊の噂が出るたびに本作や『かりあげクン』(1980~2003年)、『クレヨンしんちゃん』(1990~2010年)といった同誌を救う神風が吹くと言われた。2013年に双葉社はこのジンクスにあやかって新人漫画賞「双葉社カミカゼ賞」を開始した[5]。
第26回(1980年度)小学館漫画賞青年一般部門受賞。文庫版は第1巻が第7回(2019年度)、最終巻の第34巻が第11回(2023年度)の大阪ほんま本大賞特別賞を受賞[6]。
劇場アニメ化、テレビアニメ化されている。1981年に銀座みゆき座、1988年に関西芸術座[1]、2025年に大阪松竹座[7]などで舞台化もされている。
スピンオフ作品として猫「小鉄」を主人公にした『どらン猫小鉄』シリーズがある。
評価[編集]
井上ひさしは『朝日新聞』の文芸時評で「見晴らしよい叙事詩」「徹底的な大阪弁と登場人物が常用する独白に笑わされ、大人より子どもが大人らしく、猫が人間よりも人間らしく、猫の目のように移りかわる視点が物語世界に奥行きを与えているこの作品は近来、出色の通俗・大衆・娯楽・滑稽小説のひとつと言い得よう」と評している[8]。
大岡昇平は『文学界』に連載した日記「成城だより」によると『じゃりン子チエ』を愛読していた。
高畑勲は「準備にとりかかって原作を二読三読するうちに、すっかりチエファンになってしまって、さてどんな映画にしたらよいかわからなくなったんです。いくら読み返しても感心するばかりで、原作を改変したり、何かを捨てたりなんかとてもする気になれない。その上、はるきさんの原作はそのままで脚本、演出、コンテになっている。人物たちは的確な表情と演技をし、場面設定もかっちりできあがっている」と評している[9]。
呉智英は『現代マンガの全体像』(初版は情報センター出版局から1986年に刊行)ではるき悦巳を「現代マンガの重要な作家二〇人」の1人に選び、ユーモラスな登場人物、軽妙な大阪弁や柔らかな親しみやすい描線、20年以上前は当たり前に見られた懐かしい生活風景を想起させることが『じゃりン子チエ』の人気の秘密であると指摘している。また明るさの底に暗さが見えるとし、その理由は登場人物のテツが被差別部落民、チエの親友ヒラメが在日朝鮮人という市民社会の疎外者だからであろうと指摘している[10]。斎藤環はTwitterで「なんと呉智英氏が交流会に参加していたので漫画談義。「じゃりン子チエ」にひそむ同和問題を指摘した慧眼(『現代マンガの全体像』所収)を絶賛したら、発表当時かなり批判があった由。でも断言するけど、あの指摘抜きで『じゃりン子チエ』の本質は理解できないよ。あれこそが批評。」と述べている[11]。関西じゃりン子チエ研究会(代表・菊池馨)[12]や加賀谷真澄[1]は呉の説を否定している。
アニメ[編集]
劇場アニメ[編集]
上映時間110分。1981年4月11日初公開。製作はキティ・ミュージック、東京ムービー新社。配給は東宝。監督は高畑勲。劇場版・テレビシリーズ第1期・第2期共通でチエ役は中山千夏、テツ役は西川のりおが声優を担当した。テツ役の西川は当たり役と言われる[13]。
詳細は「じゃりン子チエ (映画)」を参照
テレビシリーズ第1期「じゃりン子チエ」[編集]
1話30分、全64話+SP1話。1981年10月3日から1983年3月25日に毎日放送で放送された[14]。関東地区ではTBSが放映権を取得した[1]。最高視聴率は29.1%[13]。関西地区では本放送終了後も繰り返し再放送されている[1][2][13]。
製作は毎日放送、東京ムービー新社。チーフプロデューサー(監督)は高畑勲。第10話まで劇場版のカットを一部流用している。山崎敬之『テレビアニメ魂』(講談社現代新書、2005年)によると、テレビシリーズの担当プロデューサーはコスト軽減のために劇場版からの流用を考えたが、流用した部分だけクオリティが高くなり、作品全体としてはおかしくなるという事態に陥った。テレビシリーズを制作する4つの班の作画監督は解決策として劇場版に合わせたレベルで作ることを主張し、結果として「テレビアニメの動画枚数といえば数千枚が相場だった時代に、三十分番組の『じゃりン子チエ』は、一本につきなんと一万枚を超える動画が用いられ」ることになった[15]。
押井守は本作に関して「『赤毛のアン』でどれだけ勉強させてもらったか判らないし、『じゃりン子チエ』でも相当勉強させてもらった。何度観たか判らないから。演出家としてあれほどためになる作品もないと思ったし、同業者の人はもれなく同じことを言うよ。」と述べている[16]。
英語タイトルは「Chie the Brat」[17]。Discotek Mediaが2025年に発売した北米版Blu-rayのタイトルは「Chie The Brat」。
- 主題歌
- OP「バケツのおひさんつかまえた」
- ED「ジュー・ジュー・ジュー」
- 作詞:はるき悦巳、作曲:惣領泰則、編曲:惣領泰則、歌手:中山千夏
- 第32~38話は「バケツのおひさんつかまえた」。
テレビシリーズ第2期「チエちゃん奮戦記 じゃりン子チエ」[編集]
1話30分、全39話。1991年10月19日から1992年10月10日に毎日放送で放送された[18]。関西ローカルで放送[19][20]されたため、知名度が低く、また第1期に比較して不評な作品である。
製作は東宝、東京ムービー新社、毎日放送。監督は横田和善。第1期を監督した高畑勲は降板したが、『リトル・ニモ』(1989年)で高畑の演出助手を務め、後に『この世界の片隅に』(2016年)で知られることになる片渕須直が絵コンテや演出として多くの話数に参加した[20]。
英語タイトルは「Downtown Story」[21]。Discotek Mediaが2025年に発売した北米版Blu-rayのタイトルは「Chie The Brat」。
- 主題歌
テレビゲーム[編集]
- じゃりン子チエ ばくだん娘の幸せさがし(1988年7月15日、ファミリーコンピュータ、コナミ)
- 攻略本:ファイティングスタジオ編著『じゃりん子チエ必勝攻略法――ばくだん娘の幸せさがし』(双葉社[ファミリーコンピュータ完璧攻略シリーズ]、1988年)
- 必殺パチンコステーションnow8 じゃりン子チエ(2001年3月15日、プレイステーション、サン電子)
- SIMPLEキャラクター2000シリーズ Vol.04 じゃりン子チエTHE花札(2001年11月29日、プレイステーション、バンダイ)
出典[編集]
- ↑ a b c d e 加賀谷真澄「『じゃりン子チエ』と釜ヶ崎――地域性が織りなす物語」『文学研究論集』26号、2008年1月
- ↑ a b 氷川竜介「『じゃりン子チエ(劇場版)』に見る高畑勲の映画構築術(PDF)」『アニメーション研究』21巻1号、2020年9月
- ↑ 呉智英『現代マンガの全体像』双葉文庫、1997年、185頁
- ↑ 斎藤環『戦闘美少女の精神分析』ちくま文庫、2006年、206頁
- ↑ 中山淳雄「なぜ「クレヨンしんちゃん」はアジアで愛されるのか? 不朽のキャラクターを生んだ臼井儀人という作家の魅力」東洋経済オンライン、2025年7月4日
- ↑ 歴代受賞作 OsakaBookOneProject
- ↑ じゃりン子チエ - 歌舞伎・演劇の世界 松竹株式会社
- ↑ 『朝日新聞』1980年5月26日付夕刊。井上ひさし『ことばを読む』(中央公論社、1982年/中公文庫、1985年)に所収。
- ↑ 『マイアニメ』1981年5月号
- ↑ 呉智英『現代マンガの全体像』双葉文庫、1997年、279-282頁
- ↑ 2019年6月28日のツイート
- ↑ 関西じゃりン子チエ研究会『『じゃりン子チエ』の秘密』データハウス、2007年、9頁
- ↑ a b c 大山くまお「高畑勲監督「じゃりン子チエ」は大阪下町版「世界名作劇場」1話から3話まで無料公開中で「ルパン」超え」エキサイトニュース、2019年5月22日
- ↑ じゃりン子チエ | 1980年代 | TMS作品一覧 トムス・エンタテインメント
- ↑ じゃリン子チエ テレビドラマデータベース
- ↑ 押井守『誰も語らなかったジブリを語ろう』東京ニュース通信社、発売:徳間書店、2017年、178-179頁
- ↑ Chie the Brat | 1980s | ALL TITLES TMS ENTERTAINMENT CO., LTD.
- ↑ チエちゃん奮戦記 じゃりン子チエ | 1990年代 | TMS作品一覧 トムス・エンタテインメント
- ↑ チエちゃん奮戦記 じゃリン子チエ テレビドラマデータベース
- ↑ a b 片渕須直監督が参加した「チエちゃん奮戦記 じゃりン子チエ」全話収録DVDブック刊行決定 : 映画ニュース 映画.com、2020年5月28日
- ↑ Downtown Story | 1990s | ALL TITLES TMS ENTERTAINMENT CO., LTD.
関連文献[編集]
- 長尾剛『「じゃりン子チエ」という生き方――チエの強さ、テツの弱さ、ヨシ江の恐さ』(双葉社、1998年)
- 木全公彦、林公一『大人になった矢吹ジョー』(宝島社、2001年)
- 船所武志監修『ふるさと文学さんぽ 大阪』(大和書房、2012年)