はまゆり (列車)
はまゆりは、東日本旅客鉄道が盛岡駅 - 釜石駅間を東北本線・釜石線経由で運転する快速列車である。
概要[編集]
雑多な系統が存在した東北地方の急行列車が国鉄末期に「陸中」に整理され、それが快速列車に格下げされたものである。その名残として東日本大震災以前は上り1本のみ宮古発だった(宮古→釜石間は陸中山田駅・大槌駅・鵜住居駅に停車)。
急行時代のアコモ改善策として回転リクライニングシートのキハ110形・111形・112形0番台が導入され、後にセミクロスシートの車両との混結となったものの、2026年のHB-E220系への置き換えに至るまで快速格下げ後もそのまま使用されていた。
運行概況[編集]
朝から夕方にかけて1日3往復、盛岡 - 釜石間で運転されている。
2026年3月14日のダイヤ改正以降は全車自由席となったため、列車の号数表記は廃止された。
当初は釜石駅行きに奇数号(1・3・5号)、盛岡駅行きに偶数号(2・4・6号)が付番された。2023年3月18日のダイヤ改正で、3・4号であった列車が、53・54号と変更され、東北本線内が各駅停車化された。
停車駅[編集]
東北本線盛岡駅側より記載。
盛岡駅 - (※) - 矢幅駅 - (※) - 花巻駅 - 新花巻駅 - 土沢駅 - 宮守駅 -(鱒沢駅)- 遠野駅 -(岩手上郷駅)- 松倉駅 - 小佐野駅 - 釜石駅
- 鱒沢駅は一部列車のみ停車
- 岩手上郷駅は釜石行きの一部列車のみ停車
- 一部列車(始発駅11時台発)は東北本線内(※:盛岡 - 花巻間)各駅停車。詳細は「東北本線#駅一覧」を参照。
使用車両[編集]
盛岡車両センター所属のHB-E220系気動車が使用されている[1]。
全列車が2両編成でワンマン運転を行っている。全車自由席となっている。
2026年(令和8年)3月13日までは同センター所属のキハ110系気動車が使用されており、指定席も設定されていた。
3両編成が基本で自由席は1・2号車、指定席は3号車となっていた。繁忙期は4両編成(指定席は3・4号車)で運転される場合もあった。
- 基本的に3号車と2号車は0番台(リクライニングシート車)、1号車は100番台(セミクロスシート車)だが、1号車にも0番台が入ることもあった。
釜石線優等列車沿革[編集]
- 1959年(昭和34年)7月1日:盛岡駅 - 釜石駅間を運転する準急列車「はやちね」が3両で運転開始[2]。
- 1961年(昭和36年):12月26日上野駅 - 宮古駅間を運転する急行列車「陸中」が運転開始(常磐線)経由。1等車連結。ただし、花巻駅より準急列車に格下げ。
- 1965年(昭和40年):盛岡駅発着で東北本線・釜石線・山田線経由で運転する循環準急列車「五葉」・「そとやま」と仙台駅 - 弘前駅間を東北本線・釜石線・山田線・花輪線経由で運転する準急列車「さんりく」が運転開始。
- なお、「五葉」・「そとやま」については、通り順でいわゆる外回り・内回りで運転された。
- 盛岡駅→宮古駅→釜石駅→遠野駅→花巻駅→盛岡駅(外回り)「そとやま」
- 盛岡駅→花巻駅→遠野駅→釜石駅→宮古駅→盛岡駅(内回り)「五葉」
- なお、「五葉」・「そとやま」については、通り順でいわゆる外回り・内回りで運転された。
- 1966年(昭和41年)
- 3月:準急列車廃止に伴い、「はやちね」・「五葉」・「そとやま」・「さんりく」が急行列車に昇格。
- 10月:「さんりく」の系統を宮古駅で分割し、仙台駅 - 宮古駅間を「陸中」、宮古駅 - 弘前駅を「よねしろ」とする。また、「陸中」の上野駅発着を終了。
- 1968年(昭和43年)10月1日:この日にダイヤ改正(ヨンサントオ)が行われた際、急行「陸中」は仙台駅 - 秋田駅間を釜石線・山田線・花輪線を経由し、13時間半かけて走るという遠回り列車(最短経路の北上線経由で同区間を結んだ急行「きたかみ」だと、仙台駅 - 秋田駅間の所要時間は3分の1の4時間半だった)であったが、当時の東北地区の多層建て列車の分割・併結の複雑怪奇さを象徴するような列車ともなった。
- その概略を下り列車で示すと、仙台駅を発車した時の「陸中」は青森行きの「くりこま1号」、大船渡線の盛行きの「むろね」とまず併結して運転されるが、一ノ関駅で大船渡線への「むろね」を切り離し、その代わりに同じ路線からきた「さかり」を併結、続く花巻駅で「くりこま1号」・「さかり」と分かれ、釜石線・山田線を走って盛岡駅へ向かい、盛岡駅で今度は上野駅から弘前駅まで行く「みちのく」と併結、花輪線を走って大館駅で「みちのく」と別れ、代わりに青森駅から来た「むつ」と併結して終点秋田駅に到着するといった具合である。分割・併結をする相手の列車も、その他の場所でまた別の列車と分割・併結を行っていたため、全体像の把握は非常に難解なものとなった。
| 分割・併合駅 | 運行列車 | 分割される列車 | 併合される列車 |
|---|---|---|---|
| 仙台 | 陸中、くりこま1号、むろね | なし | くりこま1号(仙台発)
むろね(仙台発) |
| 一ノ関 | むろね(盛行) | さかり(盛発) | |
| 陸中、くりこま1号、さかり | |||
| 花巻 | くりこま1号(青森行)
さかり(青森行) |
なし | |
| 陸中 | |||
| (釜石線・山田線経由) | |||
| 盛岡 | なし | みちのく(上野発) | |
| 陸中、みちのく | |||
| 大館 | みちのく(弘前行) | むつ(青森発、秋田行) | |
| 陸中、むつ | |||
| 秋田 |
- 1970年(昭和45年):仙台駅 - 釜石駅の急行列車として「さんりく」が運転開始。
- 1972年(昭和47年):急行「さんりく」が廃止。
- 1978年(昭和53年)10月2日:釜石線・山田線急行の停車駅の状況(列車によって停車駅は異なる)
- 1982年(昭和57年)11月15日:東北新幹線開業に伴い、以下のとおり系統整理を行う。
- 1985年(昭和60年)3月14日:急行「陸中」盛岡駅発着となる。また、新花巻駅にも停車。
- 1986年(昭和61年)11月1日:急行「はやちね」廃止[3]。
- 1989年(平成元年):「ロマン銀河鉄道SL'89」運転。遠野青年会議所の企画で、花巻駅 - 遠野駅間の団体列車扱い。
- 1990年(平成2年):
- 「ロマン銀河鉄道SL'90」運転。花巻駅 - 釜石駅間。上り列車の陸中大橋駅 - 足ケ瀬駅間はDE10形ディーゼル機関車重連が前補機となり、そのあとにD51形がぶら下がる形で運転された。
- 3月10日:急行「陸中」3往復のうち、2往復にキハ110系を投入。
- 11月14日:12時22分ごろ、釜石線土沢駅構内で盛岡発釜石行き急行「陸中3号」(キハ110系気動車3両編成)が、盛岡客車区(現・盛岡車両センター)での給油忘れによる燃料切れで約2時間半の立ち往生。駅員がガソリンスタンドに手配したドラム缶と手動ポンプで給油。負傷者なし。
- 1991年(平成3年):
- 1992年(平成4年):急行「銀河ドリーム号」の運転終了。
- 1995年(平成7年)12月1日:「陸中5号」の釜石駅 - 宮古駅間を普通列車に格下げ。
- 1998年(平成10年):土沢駅に「陸中」全列車が停車(JR東日本ホテルチェーン「フォルクローロいわて東和」が駅の近くにオープンしたため)。
- 2001年(平成13年)12月1日:急行「陸中5号」(釜石・宮古行き)を格下げし、快速「はまゆり」運転開始(鱒沢駅に停車)。同時に「陸中」「はまゆり」の3号車が指定席となり、全車禁煙となる(これまでは2号車が喫煙車であった)。
- 2002年(平成14年)12月1日:急行「陸中」を廃止し、すべて快速「はまゆり」とする[4]。
- 2004年(平成16年)11月:臨時急行「陸中」が運転され宮古駅 - 仙台駅間をリバイバル運転。
- 2005年(平成17年)12月10日:快速「はまゆり2号」が足ケ瀬駅・平倉駅・岩手上郷駅・青笹駅にも停車。
- 2009年(平成21年)3月14日:快速「はまゆり」全列車が矢幅駅に停車開始。また、快速「はまゆり2号」は時刻変更で再び足ケ瀬駅・平倉駅・岩手上郷駅・青笹駅が通過となる。
- 2011年(平成23年)3月11日:快速「はまゆり」が東日本大震災で運休。4月7日に盛岡駅 - 釜石駅で全車自由席で運転再開。
- 2021年(令和3年)3月13日:快速「はまゆり」全列車が松倉駅停車となる[5]。
- 2023年(令和5年)3月18日:快速「はまゆり」3号と4号を53号と54号に変更、東北本線内盛岡 - 花巻間全駅停車化。
- 2026年(令和8年)3月14日:使用車両をHB-E220系2両編成(全車自由席)に変更。車掌を廃止しワンマン化。
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
- ↑ “JR東日本盛岡支社では2026年3月にダイヤ改正を実施いたします”. 東日本旅客鉄道. 2026年3月30日確認。
- ↑ “盛大に「はやちね」発車式”. 交通新聞 (交通協力会): p. 2. (1959年7月4日)
- ↑ 『鉄道ジャーナル』第21巻第1号、鉄道ジャーナル社、1987年1月、 49頁。
- ↑ 外山勝彦「鉄道記録帳2002年11月」、『RAIL FAN』第50巻第2号、鉄道友の会、2003年2月1日、 20頁。
- ↑ “2021年3月ダイヤ改正” (PDF) (プレスリリース), 東日本旅客鉄道盛岡支社, (2020年12月18日) 2020年12月18日閲覧。