橋本駅 (神奈川県)

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橋本駅(はしもとえき)は、神奈川県相模原市緑区橋本にある、JR東日本・京王電鉄の。京王電鉄の橋本駅には2025年4月1日から「スリーボンド最寄駅」の副駅名がつけられている[1]。駅名標などを対象として、3年間使用される[注 1]

JR東日本[編集]

橋本駅(JR)
はしもと
Hashimoto
北口
北口
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
駅番号 JH 28
路線 横浜線
相模線
前後駅 相原 << 橋本 >> 相模原/南橋本
駅構造 地上駅
ホーム 3面5線
開業 1908年(明治41年)9月23日
所在地 神奈川県相模原市緑区橋本6-1-25・2-3-2
電報略号 ハモ
外部リンク 駅の情報(橋本駅):JR東日本
備考 直営駅


概要[編集]

島式ホーム2つと単式ホーム1つを組み合わせた2面3線の地上駅。橋上駅舎を持ち、改札内にトイレとNewDaysKIOSKがある。駅の北側には相模線と横浜線を繋げる分岐があり、2022年3月までは相模線の車両が八王子駅まで直通運転を行っていた。

のりば[編集]

番線 路線 方向 行先 発車メロディ
(廃止済)
1 JH 横浜線 上り 町田新横浜桜木町方面 Verde Rayo
2 Mellow time
3 下り 八王子方面 Water Crown
4・5 相模線 上り 海老名茅ケ崎方面 チャイム3B6
  • 横浜線の下り電車は早朝の始発1本に限り、2番線からも発車する。
  • 横浜線は当駅で乗務員交代を行う。

京王電鉄[編集]

橋本駅(京王)
はしもと
Hashimoto
スリーボンド最寄駅
所属事業者 京王電鉄
駅番号 KO45
路線 京王相模原線
駅構造 高架駅
ホーム 1面2線
開業 1990年(平成2年)3月30日
所在地 神奈川県相模原市緑区橋本6-1-25・2-3-2
外部リンク 橋本駅|各駅情報・時刻表|京王グループ


概要[編集]

島式ホーム1面2線を有する高架駅である。ホームは3階、改札およびJR線のりばへの連絡通路は2階である。エスカレーターとエレベータが設置されている。JR・北口方面への通路に京王クラウン街(京王ストア・啓文堂書店などのテナントが入る)がある。2階(改札階)コンコース(京王ストア前)に三菱UFJ銀行のATM、コンコース(京王ストア口付近)と改札内に東京都民銀行のATM、TSUTAYA前にみずほ銀行のATMが設置されている。

のりば[編集]

番線 路線 方向 行先
1・2 KO 相模原線 上り 調布新宿S 都営新宿線方面

競合路線[編集]

新宿駅橋本駅東日本旅客鉄道京王電鉄競合路線である。運賃に関しては京王電鉄の方が安く、さらに乗り換えがないので圧倒的に有利である。JRよりも並行する大手私鉄の方が有利なのは同名駅である橋本駅 (和歌山県)でも同じである。

東日本旅客鉄道と京王電鉄・新宿駅-橋本駅
営業キロ 運賃 所要時間 備考
東日本旅客鉄道 45.9km 820円 48分 乗車時間のみ
京王電鉄 38.1km 390円 54分 普通列車

沿革[編集]

  • 1908年(明治41年)9月23日 - 横浜鉄道東神奈川 - 八王子間開業に併せて開業。
    • 横浜線は1894年(明治27年)に初めて、貿易商人の原善三郎を代表として横浜鉄道敷設の許可願を鉄道省に出願した。最初の請願は却下され、以後4回出願され、1902年(明治35年)に5回目で「政府が必要なときには、無条件で鉄道を提供す。」との条件で許可された。1906年に着工し、私鉄として開業した。当時の所要時間は1時間41分であった。
  • 1910年(明治43年)4月1日 - 経営が赤字のため、鉄道院に業務貸与された。
  • 1917年大正6年)10月1日 - 横浜鉄道は国に買収され、鉄道院横浜線となった。
  • 1931年昭和6年)4月29日 - 相模鉄道の相模線厚木駅から延伸開業され、当駅が終点駅として設置される。
  • 1944年(昭和19年)6月1日 - 相模鉄道相模線が国有化される。
  • 1982年(昭和57年)12月 - 京王電鉄が京王相模原線京王多摩センター - 橋本間の建設に着手。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化に伴い、国鉄の駅は東日本旅客鉄道(JR東日本)に継承される。
  • 1990年平成2年)3月30日 - 京王相模原線が延伸し、京王電鉄の橋本駅が誕生。橋本は、JR横浜線と相模線の接続駅となり、都心への玄関口として発展した。
  • 1991年(平成3年)9月 - 橋本駅から本八幡駅間に快速が直通運転を開始し、都営新宿線を介して神奈川県北部と千葉県とを結ぶ大動脈の始発駅となる。
  • 1992年(平成4年)5月 - 相模原線に新宿駅と当駅を36分で結ぶ特急が誕生した。
  • 2018年(平成30年)2月22日 - 京王相模原線で「京王ライナー」の運行が開始され、橋本駅は始発駅・終点駅となる。
  • 2021年令和3年)6月3日 -1・3番線(JR)のスマート式ホームドアが稼働を開始する[2]
  • 2022年(令和4年)3月11日 - 翌日の相模線ワンマン化に伴い、4・5番線で駅側発車メロディの扱いを終了。
  • 2025年(令和7年)
    • 4月1日 - 京王電鉄橋本駅に「スリーボンド最寄駅」の副駅名が設定される[1]
    • 12月3日 - 2番線(JR)のスマート式ホームドアが稼働を開始する。
  • 2026年(令和8年)3月13日 - 翌日の横浜線ワンマン化に伴い、1 - 3番線で駅側発車メロディの扱いを終了。

駅設置の由来[編集]

横浜線は、当初東神奈川・小机中山長津田原町田淵野辺相原八王子の8駅で開業する予定であった。高座郡相原村橋本地区(現在の相模原市橋本)の人々は、境川を挟んで反対側にある東京府南多摩郡境村に「相原駅」ができることに反発し、橋本地区にも駅を設置するべく相原村村長や相澤安右衛門を中心とした地元有志が、近隣の村々の協力を求めて鉄道会社や県庁に再三陳情書を提出し、駅設置負担金 1,000 円と駅用地 8,000 坪(2.6ha)の提供、蒸気機関車への給水用の水の提供の条件により、橋本駅の設置が決まった。開通当初は、蒸気機関車で1日7往復し、東神奈川から八王子まで101分を要した[3][4]

駅名の由来[編集]

江戸時代に、橋本付近を流れる境川にかかる両国橋一帯を大山道(大山街道)の街道沿の橋本村付近を「橋本宿」と呼んでいたことから、「橋本」となった。1736年の村明細帳には「毎日伝馬4頭、人足4名が用意され、48軒の家があった」と記されている。両国橋の宿場入り口の両側に、幕府の高札があったとされる。

名所[編集]

神奈川県立橋本高等学校[編集]

神奈川県立橋本高等学校は橋本駅から徒歩10分程度である。歌人の俵万智が神奈川県立橋本高等学校の国語科の教師をしていたことで知られる。- ファッションモデルの冨永愛も同校の出身である。

香福寺庭園[編集]

江戸時代の山門・鐘楼を有する臨済宗建長寺派の寺である。橋本駅から徒歩約10分で、境内に池泉回遊式庭園がある。『旧白洲邸』の出入庭師であった福住豊が作庭した。

リニア新幹線駅[編集]

東海旅客鉄道(JR東海)によるリニア中央新幹線の橋本駅南口付近の地下に神奈川県駅(仮称)が設置される予定である。県立相原高校の移転跡地にできるとされている[5]

その他[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. a b 京王 橋本駅 副駅名 導入 鉄道コム、2025年4月1日
  2. 2021年度のホームドア整備についてPDF 2021年12月9日閲覧。
  3. 橋本の歴史を知る会編(2018)「橋本の歴史ガイドブック 改訂版」橋本の歴史を知る会
  4. 橋本の歴史研究団体 郷土誌編纂、手軽な一冊にタウンニュース,2015年3月5日号
  5. 環境影響評価書 環境影響評価関連図

注釈[編集]

  1. スリーボンドとは株式会社スリーボンド研究開発本部並びにスリーボンドファインケミカル株式会社相模原サイトを表す

関連項目[編集]

JH 横浜線の駅一覧
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