名鉄キハ8500系気動車
名鉄キハ8500系気動車(めいてつキハ8500けいきどうしゃ)とは、名古屋鉄道(名鉄)が運用していた特急型気動車である。この記事では会津鉄道・マレーシアサバ州立鉄道への譲渡車についても記述する。
概要[編集]
高山本線への直通列車である北アルプス号に使用されていたキハ8000系の老朽取替用として、JR東海のキハ85系をベースに開発された。キハ85系と併結運転も可能。
キハ8000系は登場時グリーン車を用意していたが、末期には設定されておらず、キハ8500系にもグリーン車は存在しない。
車体・内装[編集]
全長20,800mm・車体幅2,740mmの全鋼製車体を持ち、先代のキハ8000系より僅かだがサイズアップしている。側面窓は1000系パノラマSuperと同様の角のRが大きい幅1700mm、高さ980mmのものを装備している。騒音対策が徹底されており床は二重構造、側面窓ガラスも複層ガラスとするなどの対策が施されている。
客用扉はキハ8000系と同じく折戸を採用。車内は2+2の回転リクライニングシートが1000mmピッチで並び、トイレ・洗面所はパノラマSuperと同じものを設置した。
走行機器[編集]
JRの乗務員が運転する区間が長い事やJRのキハ85系と併結できることを設計条件としたため、運転台や走行性能はキハ85系に準じたものとされた。そのためエンジンはカミンズ製のNTA-855-R1形を各車に2基搭載し、変速機も3段6要素・直結2段式の液体変速機を装備する。台車はJR形式C-DT57形に準じたND-719形を装備。ブレーキは名鉄で初めて電気指令式を採用した。
形式[編集]
基本編成は3両とされた。先頭車がキハ8500形、中間車がキハ8550形を名乗り、キハ8500形の奇数番号車が豊橋方、偶数番号車が高山方を向く。
- キハ8500形
- 8501・8502 - トイレ・洗面所を設置。キハ85系と併結できる。
- 8503 - トイレ・洗面所を設置。キハ85系とは併結できない。
- 8504 - 車販準備室・自動販売機・公衆電話を設置。こちらも8503同様キハ85系とは併結できない。
- キハ8550形
- 8555 - 唯一の中間車。車販準備室・自動販売機・公衆電話を設置。
運用[編集]
1991年(平成3年)3月より運行を開始。通常時は神宮前・新名古屋から高山まで単独運転を行ったが、多客期には美濃太田 - 高山間で下りはひだ83号、上りはひだ88号と併結した。なお併結の際は上下列車とも前にキハ85系が来るようになっていた。
なお神宮前・新名古屋共に折返し設備がなく、かつ列車密度も名鉄屈指の高さを誇るため、拠点となる新川検車区を下り北アルプスの発車およそ3時間前に出庫し、まず甚目寺で給油。一旦新名古屋・神宮前を通り過ぎて鳴海まで回送し、同駅で時間調整後に折り返して神宮前に向かい、北アルプスとして出発していった。逆に上り列車も神宮前到着後鳴海まで回送していた。
1999年(平成11年)12月のダイヤ改正で併結相手のひだが定期列車へと格上げされ、下りはひだ7号、上りはひだ18号と併結するようになった。しかしこの頃になると利用者は減少し、更に東海北陸自動車道の延伸で名鉄自社のバス部門が名古屋と高山を結ぶ高速バスの運行を開始。電車主体の名古屋鉄道が気動車をわずかに保有するデメリットが目立つようになり、2001年(平成13年)9月30日で北アルプスは廃止となった。
間合い運用[編集]
デビューから少し経った91年5月より名鉄線内での朝と夜の間合い運用がスタートした。間合い運用はいずれも平日のみの設定で、朝は新川を出庫して甚目寺で給油。東岡崎まで回送され、金山行全車指定席特急として片道1本走り、一旦入庫。ここで車内清掃と給水を行った後出庫し、大江まで回送された後北アルプスに入った。
夜は上り北アルプスとして到着後一旦回送で大江へ向かい、金山発犬山行特急として片道1本走り、折返しは栄生まで回送された後入庫していた。なおこの間合い運用はあまり長続きしなかった。
その後1997年(平成9年)4月のダイヤ改正で間合い運用が復活。今度は平日・休日共に運転され、新岐阜発常滑行と常滑発金山行の1往復が設定された。金山行は終点に到着後、新名古屋まで回送され、北アルプス運用に入った。この運用の設定により、北アルプスは神宮前始発から新名古屋始発へと改められた。
なお2001年4月のダイヤ改正で、休日はパノラマSuperでの運用に変更された。
会津鉄道へ譲渡[編集]
現有車両更新の時期を迎えていた福島県の会津鉄道では、観光列車に相応しい設備のある車両の導入を検討していた。ちょうどその時車齢が極めて浅く、観光列車に使っても申し分ない設備のあるキハ8500系が余剰となっていることが分かり、名鉄へ譲渡を申し入れた。結果、全5両が会津鉄道へ渡ることとなり、2001年12月下旬に会津へ向けて甲種輸送が行われた。
車両の外観や形式番号は名鉄時代そのままとし、2両編成2本を組成。8555は予備車となった。2002年(平成14年)3月のダイヤ改正から快速AIZUマウントエクスプレスとして営業運行を開始し、運行開始翌年にはJR磐越西線に乗り入れて喜多方駅までの運行を開始、2005年(平成17年)3月からは野岩鉄道と東武鉄道にも乗り入れて鬼怒川温泉駅まで足を伸ばすようになった。
その後2007年(平成19年)に8555が部品取りとするために廃車。残る4両は引き続き運用され続けたが、変速機のセッティングが高速向けとなっていることから、普通・快速列車のようなこまめな発進停止を繰り返す運用で内部の劣化が進行。2010年(平成22年)5月末を以て後継車となるAT-700・750形に置き換えられて引退した。
引退後、会津鉄道公式Webサイトで引取先を募集し、全ての車両の行先が決まった。なお会津鉄道から離れる前にさよならイベントが行われる予定だったが、東北地方太平洋沖地震の影響で中止された。
引退後[編集]
8501・8504は栃木県の那珂川清流鉄道保存会に引き取られ、同地で保存されている。屋根下に置かれており状態は悪くない。
8502・8503は名古屋市在住の個人が購入。当初は愛知県内に輸送する予定であったが、地震で甚大な被害を受けた福島県に活気を呼び戻したいという購入者の意向により、会津若松市の観光施設で一般公開されることとなった。
その後マレーシア・サバ州立鉄道が8502・8503を譲り受けることとなり、2015年(平成27年)8月に会津若松からマレーシアに向けて陸送と海運で運ばれた。マレーシア到着後、8502から改修作業を行い、翌年10月から8502号1両で急行列車として運行を開始。2017年(平成29年)からは8503号も連結して2両編成での運行を開始した。8502号単独での運行中は、終点の転車台で方向転換していた。
マレーシアではカラーリングが独自の色に塗り替えられた以外外観上大きな変化はない。
注[編集]