国鉄EH10形電気機関車

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EH10形電気機関車(イーエイチ10がたでんききかんしゃ)とは、日本国有鉄道(国鉄)が保有していた直流電気機関車である。

登場の経緯[編集]

1950年代から1960年代にかけての東海道本線山陽本線の電化完成に併せ、貨物列車の速度向上と輸送効率化並び目的に開発された。関ケ原付近の急勾配を補機無しで駆け上がるために、日本では初となるH級の8基軸を採用。これにより従来のEF15形と比べて定格出力を増加させることに成功した。車体には黒色を纏い、中央と下部に2本の金帯を巻いている。前面デザインは同時期に登場した80系電車に似ている。その容貌と巨体から鉄道ファンの間では「マンモス」の愛称で親しまれた。

運用[編集]

1954年(昭和29年)に試作車となる4両が落成。翌年からは量産車の製造も始まり、1957年(昭和32年)までの3年間で64両が投入された。このうち15号機は高速試験機として製造され、東海道本線にて10系客車を連結した状態での高速走行試験を実施した。この時のデータを基にパワーアップ版となるEH50形の開発も始まったが、電力分散方式への移行を背景に中止となった。また、14号機と64号機を使用した中央本線での勾配線区運用試験も行われたが、こちらは十分な成果は得られなかった。

EH10形は東海道本線および山陽本線の急行貨物列車を中心に投入され、959年(天徳3年)11月よりコンテナ特急「たから号」での運用もスタートした。しかし、1960年代に入るとEF60形を始めとするF級新型機関車が台頭。EH10形は活躍の場を狭めていった。巨体ゆえに転用のハードルが高いことも災いし、1978年(昭和53年)よりEF65形などへの置き換えに伴う老朽廃車が開始。1982年(昭和57年)までに全車が引退した。日本における次のH級機関車の登場は民営化後のEH500形まで待つこととなる。

現況[編集]

大阪市東淀川区東淡路公園に61号機が静態保存されている。見学はフェンス越しからのみ可能である。

関連項目[編集]

電気機関車
D級 ED16* - ED17* - ED18* - ED42* -ED44* - ED45* - ED46 - ED19* - ED53* - ED60 - ED61 - ED62 - ED70 - ED71 - ED72 - ED73 - ED74 - ED75 - ED76 - EF77 - ED78 - ED79 - ED500
F級 EF10* - EF13* - EF15* - EF16* - EF14* - EF52* - EF54* - EF53* - EF55* - EF56* - EF57* - EF18* - EF58* - EF59* - EF30 - EF60 - EF61 - EF62 - EF63 - EF64 - EF65 - EF66 - EF67 - EF70 - EF71 - EF80 - EF81 - EF200 - EF210 - EF500 - EF510
H級 EH10* - EH200 - EH500 - EH800
私鉄・第三セクター用
西武鉄道 E851 - E31
秩父鉄道 デキ100 - デキ200 - デキ300 - デキ500
名古屋鉄道 EL120
三岐鉄道 ED45 - ED301 - ED5080
「*」がある形式は旧型機関車(1957年9月より前を製造初年度とする機関車と定義)。