正本堂 (大石寺)

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

正本堂 (大石寺)しょうほんどう、は、静岡県富士宮市にある日蓮正宗の総本山の大石寺に過去にあった建物

概要[編集]

日蓮正宗の本尊「本門戒壇の大御本尊」を安置する為に日蓮正宗の総本山の大石寺に建てられた。建築家横山公男により設計された。1967年(昭和42年)に着工。1972年(昭和47年)10月に完成し、落慶法要が行われた。

当時は、日蓮正宗の信徒団体であった創価学会池田大作(第3代会長)を願主として、日蓮正宗の第66世法主の日達 (日蓮正宗の僧)の時代に将来的に広宣流布が達成された際には「本門の戒壇」となるべき建物として造られた。

正本堂建立を巡る教義の対立[編集]

正本堂の建立を巡っては、日蓮正宗(宗門)・創価学会と妙信講(現在の冨士大石寺顕正会)との間で激しい「教義の対立」が起きた。

妙信講(現在の冨士大石寺顕正会)が正本堂の建立は、日蓮大聖人の御遺命に違背するのではないかと日蓮正宗(宗門)や創価学会に対して難癖を付けてきた。 妙信講(現在の冨士大石寺顕正会)側と日蓮正宗(宗門)や創価学会の側とは、「法論」(教義上の論争)や「話し合い」が実施されたが、「教義の対立」が先鋭化し激化した為に 1974年(昭和49年)8月に、日蓮正宗(宗門)は妙信講(現在の冨士大石寺顕正会)を「破門」(処分)にした。

妙信講(現在の冨士大石寺顕正会)は、「破門」(処分)を受けたのは、当時は、最大級の日蓮正宗の信徒団体であった創価学会の陰謀や謀略であると主張して1974年(昭和49年)10月に東京都信濃町 (新宿区)にある創価学会本部に対して街宣車で強行突入した「創価学会本部襲撃事件」を起こした。

正本堂の解体[編集]

1991年(平成3年)11月に日蓮正宗の信徒団体だった創価学会が日蓮正宗(宗門)との間で「教義の対立」の理由で、日蓮正宗(宗門)から創価学会が「破門」(処分)を受けた。

1998年(平成10年)に、日蓮正宗の第67世法主の日顕の時代に「正本堂」は解体された。

2002年(平成22年)10月に、跡地に「奉安堂」が建立されて落慶法要が行われた。

関連項目[編集]

  • 創価学会 - 昭和時代には日蓮正宗の信徒団体だったが「教義の対立」で、1991年(平成3年)に「破門」(処分)を受けた。現在の創価学会は、日蓮正宗や大石寺とは分離独立している。
  • 冨士大石寺顕正会(旧・妙信講)- 昭和時代には日蓮正宗の信徒団体だったが「教義の対立」で、1974年(昭和49年)に「破門」(処分)を受けた。現在の冨士大石寺顕正会は、日蓮正宗や大石寺とは無関係の宗教団体。