ワイル方程式

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ワイル方程式とは物理学、特に場の量子論において、質量を持たないスピン1/2のフェルミ粒子を記述する相対論的波動方程式である。この方程式はドイツの数学者のヘルマン・ワイルにちなむ。

歴史[編集]

ディラック方程式は1928年にポール・ディラックによって導入され、相対論的量子力学の枠組みの中でスピン1/2の粒子を初めて記述した。ワイルは、1929年にディラック方程式の簡略版として自身の方程式を導入した。ヴォルフガング・パウリは、1933年にワイル方程式がパリティ違反であると批判した。しかし、その3年前に、パウリは、ベータ崩壊を記述するために、同方程式で記述される新しい素粒子のフェルミ粒子であるニュートリノの存在を予言していた。

1937年にコンヤーズ・へリングは、凝縮物質中のワイル準粒子の概念を提唱した。

ニュートリノは、1956年に質量のない粒子であることが最終的に確認された。同年、ウーの実験により、弱い相互作用においてパリティが破られることが示された。これに続いて 1958年には、ニュートリノが固定ヘリシティを持つことが実験的に発見された。さらに、実験ではニュートリノの質量がゼロではないという証拠が示されなかったので、ワイル方程式への関心が高まった。標準模型では、ニュートリノはワイルフェルミ粒子(質量がなく、スピン1/2で、固定ヘリシティを持つ粒子)である過程に基づいて構築された。

イタリアの物理学者のブルーノ・ポンテコルヴォは1957年にニュートリノの質量とニュートリノ振動の可能性を提唱したが、スーパーカミオカンデがその存在を確認したのは1998年になってからだった。この発見は、ワイル方程式がニュートリノの伝播を完全に記述できないことを確認した。

2015年には結晶性ヒ化タンタルにおける最初のワイル半金属が実験的に実証された。(TaAs)これはM・ザヒド・ハサン(プリンストン大学)と丁兴(中国科学院大学)のチームの共同研究によるものである。また、同年にはマサチューセッツ工科大学のマリン・ソリャチッチがフォトニック結晶でワイル型励起を観測した。

方程式[編集]

一般式は次のように表される。

σμ∂μψ=0

また国際単位系では、

I21c∂ψ∂t+σx∂ψ∂x+σy∂ψ∂y+σz∂ψ∂z=0
  • σμ=(σ0,σ1,σ2,σ3)=(I2,σx,σy,σz)

これは、μ=0の場合は2×2は単位行列、μ=1,2,3の場合はパウリ行列を成分とするベクトルである。また、ψは波動関数であり、すなわちワイルスピノルである。この方程式の相対形式は通常次のように記述される。

σ¯μ∂muψ=0

σ¯μ=(I2,−σx,−σy,−σz)、これら2つはワイル方程式の異なる形であり、その解も異なる。解はそれぞれ左旋と右旋のヘリシティを持ち、カイラリティも同様であることが示せる。これら2つを明示的に区別すると便利であり、σμ∂μψR=0とσ¯μ∂μψL=0が成り立つ。

ワイルスピノル[編集]

この方程式の平面波解は、それぞれ左旋ワイルスピノルと右旋ワイルスピノルであるψLとψRであり、それぞれ2つの成分を持つ。どちらも次の形を取る。

ψ=(ψ1ψ2)

時空間依存性を明示的にすることで、次のように記述することもできる。

ψ=χe−i(𝐤⋅𝐫−ωt)=χe−i(𝐩⋅𝐫−Et)ℏ
  • χ=(χ1χ2)
これは2成分定数スピノルである。

粒子は質量を持たない、すなわちm=0であるため、運動量𝐩は波動現象の分散係数によって予測されるとうに周波数ωに直接比例する。

|𝐩|=ℏ|𝐤|=ℏωc→|𝐤|=ωc

この方程式は複素共役ベクトルσ¯μを用いて、左旋及び右旋スピノルで次のように記述することができる。

σμ∂μψR=0
σ¯μ∂μψL=0

ヘリシティ[編集]

→ヘリシティを参照。

右成分と左成分は、粒子のヘリシティλ、すなわち角運動量演算子𝐉を運動量𝐩に投影したものに対応する。

𝐩⋅𝐉|𝐩,λ⟩=λ|𝐩||𝐩,λ⟩
  • λ=±12

導出[編集]

これらの式はラグランジアンから得られる。

ℒ=iψR†σμ∂μψR
ℒ=iψL†σ¯μ∂μψL

スピノルとそのエルミート演算子を独立変数として関連するワイル方程式が得られる。

関連項目[編集]