米子電車軌道
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米子電車軌道(よなごでんしゃきどう)は、鳥取県米子市にあった路面電車事業者。
概要[編集]
鳥取県史上唯一の路面電車路線。
皆生温泉の開発会社皆生温泉土地が1921年に温泉源を掘り当てて以降、翌年から温泉旅館が次々と建設された。そこで米子-皆生間の新道(皆生通り)を県費で建設することになり、建設されたの当路線である。
1925年(大正14年)に皆生線が、1926年(大正15年)に灘町線が、1928年(昭和3年)に中央線がそれぞれ開業したが、当初から利用客が伸び悩み赤字を垂れ流していたため、1938年(昭和13年)に僅か13年で廃止された。
法人はその後米子交通に社名を改め、バス専業になったが、1949年(昭和24年)に日ノ丸自動車に合併された。
路線一覧[編集]
車両[編集]
開業時に梅鉢製の木製単車1両と岡山電気軌道から譲渡された木製単車1両の計2両が用意された。その後、1926年と1928年にそれぞれ木製単車2両を新造した。
1937年に1両が廃車され、それ以外は廃止時に全てが小倉電気軌道に譲渡され同社の13-17号となった。