保田道世

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保田 道世(やすだ みちよ、1939年4月28日 - 2016年10月5日)は、アニメーション色彩設計高畑勲宮崎駿監督作品を支えた主力スタッフの1人[1][2]スタジオジブリの仕上部のチーフ。『風の谷のナウシカ』(1984年)から『風立ちぬ』(2013年)までジブリのほとんどの長編アニメーション映画で色彩設計を担当した[2][注 1]

経歴[編集]

東京東中野で生まれ、東伏見で育つ。父は商品化学研究所所長の保田栄(1955年没)。1958年東京都立石神井高等学校卒業。東映動画に1期生として入社、CM部の仕上に配属。CM部の解散後は仕上課のテレビアニメーションに異動。『狼少年ケン』(1963-1965年)のトレースを担当。1964年東映動画労働組合の書記となり、副委員長の高畑勲、書記長の宮崎駿と知り合う。1965年CM部の仕上に復帰。約1年後に再びCM部が解散し、仕上課に復帰。希望して『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968年)にトレースとして参加。『長靴をはいた猫』(1969年)にチーフ・トレーサーとして参加。1968年東映動画を退社。

1969年2月にAプロダクションに仕上として入社。同年に同僚の松下幹夫(アニメーター、のち脚本家)と事実婚。『パンダコパンダ』(1972年)や『パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻』(1973年)などのトレースを担当。1973年5月にAプロに正式な労働組合が結成され、同年9月まで副委員長を務めた。

1974年4月にズイヨー映像に入社。『アルプスの少女ハイジ』(1974年)にトレースとセル検の手伝いとして参加。同時制作の『小さなバイキングビッケ』(1972-1974年製作、1974-1975年放送)から美術監督の仕事だった色彩設計のうち、カットごとの細かい色指定をするようになる。1975年6月にズイヨー映像のスタッフが離脱・独立して日本アニメーションを設立。『母をたずねて三千里』(1976年)から本格的に色彩設計の仕事を開始。『未来少年コナン』(1978年)で初めて色彩設計、色指定をすべて1人で担当。『赤毛のアン』(1979年)の色指定・セル検を担当。『ミームいろいろ夢の旅』(1983年)の色指定・セル検をしながら、高畑勲の誘いで1983年8月から『風の谷のナウシカ』(1984年)の色彩設計を鈴木福男と共同で担当[3]

1985年に日本アニメーションを退社してフリーとなる。『天使のたまご』(1985年)の色彩設計と仕上全体の責任者を担当。『天空の城ラピュタ』(1986年)の色彩設計を担当し、以降スタジオジブリのほぼ全作品の色彩のチーフを務める[4]。高畑と宮崎の両者からスタッフ入りを望まれ、『火垂るの墓』(1988年)と『となりのトトロ』(1988年)の色彩設計を同時に担当。『火垂る』を主体とし、『トトロ』の色指定は水田信子が担当。1989年にスタッフの正社員化と固定給制の導入に伴いジブリの正社員となる。『紅の豚』(1992年)は当初若手の立山照代が1人で色彩設計を担当したが、長編化に伴い途中から木村郁代も参加し[5]、最終的に保田も「色彩チーフ」「仕上チーフ」という名目で参加。『千と千尋の神隠し』(2001年)から色彩設計室長という役職を担当[6]。2009年に体力的な問題でジブリを退社したが、『風立ちぬ』(2013年)で復帰[7]

2016年10月5日、病気のため死去、77歳[8]

押井守は保田を「ジブリの影の実力者」「(宮崎駿は)絶対逆らえない」と語っている[9]

主な参加作品[編集]

劇場アニメ[編集]

テレビアニメ[編集]

OVA[編集]

脚注[編集]

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  1. 『風の谷のナウシカ』はトップクラフト作品。『紅の豚』(1992年)には色彩チーフとして参加。『猫の恩返し』(2002年)、『借りぐらしのアリエッティ』(2010年)、『コクリコ坂から』(2011年)には不参加。

出典[編集]

  1. 叶精二『風立ちぬ』から『君たちはどう生きるか』へ: 宮崎駿と盟友・大塚康生の58年」nippon.com、2021年8月27日
  2. a b 高畑勲と宮崎駿、巨匠2人を“ジブリ色”で支えた女性の存在とは? AERA DIGITAL(アエラデジタル)、2016年10月14日
  3. 叶精二『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年、58-59頁
  4. 叶精二『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年、97頁
  5. 叶精二『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年、168頁
  6. 叶精二『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年、243頁
  7. 伊藤望「アニメーションの色彩に関する調査研究「スタジオジブリ作品に見る色彩表現」」『公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団年報 2018-2019PDF』公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団編集・発行、2019年7月
  8. ジブリ映画の色彩設計担当した保田道世さん死去 産経新聞、2016年10月11日
  9. 押井守、上野俊哉「宮崎駿の功罪 あるいは、スタジオジブリという「鉄の党」について」、針谷周作、内藤弓佳、今井智規編『宮崎駿の世界』竹書房、2005年

参考文献[編集]

  • 柴口育子『アニメーションの色職人』(徳間書店、1997年)

関連文献[編集]

  • アニドウFilm1/24編集室編『Film1/24別冊 未来少年コナン』(アニドウ、1979年)
  • アニメージュ編集部編『ジブリ・ロマンアルバム おもひでぽろぽろ』(徳間書店、1991年)
  • 井岡雅宏『井岡雅宏画集――「赤毛のアン」や「ハイジ」のいた風景』(徳間書店スタジオジブリ事業本部[ジブリ the artシリーズ]、2001年)
  • 『世界名作劇場「赤毛のアン」メモリアル・アルバム』(河出書房新社、2005年)
  • 『ロマンアルバム エクストラ 風立ちぬ』(徳間書店、2013年)
  • スタジオジブリ、文春文庫編『ジブリの教科書3 となりのトトロ』(文藝春秋[文春文庫]、2013年)
  • スタジオジブリ、文春文庫編『ジブリの教科書4 火垂るの墓』(文藝春秋[文春文庫]、2013年)
  • スタジオジブリ、文春文庫編『ジブリの教科書6 おもひでぽろぽろ』(文藝春秋[文春文庫]、2014年)
  • スタジオジブリ、文春文庫編『ジブリの教科書15 崖の上のポニョ』(文藝春秋[文春文庫]、2017年)
  • スタジオジブリ、文春文庫編『ジブリの教科書18 風立ちぬ』(文藝春秋[文春文庫]、2018年)
  • 鈴木敏夫『ジブリの文学』(岩波書店、2017年)
  • 北山萌夏「「色彩設計」その誕生と役割の変遷」(『公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団年報 2018-2019PDF』公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団編集・発行、2019年7月)

外部リンク[編集]