AV-8B ハリアー II
AV-8B ハリアー II(AV-8B Harrier II)は、アメリカ合衆国のマクドネル・ダグラス(現ボーイング)が開発し、主にアメリカ海兵隊で運用されているVTOL(垂直/短距離離着陸)可能な攻撃機である。そのユニークな飛行特性から、航空母艦や強襲揚陸艦からの運用が可能であり、地上部隊への近接航空支援(CAS)において重要な役割を担っている。
開発経緯[編集]
AV-8B ハリアー IIの開発は、先行するハリアー(AV-8A/C)の改良型として、1970年代後半にアメリカ合衆国とイギリスの協力のもとで始まった。初期のハリアーは、その革新的なVTOL能力により注目を集めたが、航続距離、搭載量、アビオニクスの面で限界があった。
マクドネル・ダグラス社は、これらの問題を解決するため、より大型の主翼、複合材の採用による軽量化、改良されたエンジン、そして最新のアビオニクスを盛り込んだ新型機の開発に着手した。当初、イギリスは共同開発から一時離脱したが、後にブリティッシュ・エアロスペース(現BAEシステムズ)が協力に加わり、国際共同開発プロジェクトとして進められた。
プロトタイプ機であるYAV-8Bは、1981年11月5日に初飛行し、その後の試験で良好な性能を示した。1983年には量産型AV-8Bの生産が開始され、1985年にはアメリカ海兵隊への最初の引き渡しが行われた。
機体[編集]
AV-8B ハリアー IIは、そのVTOL能力を可能にする特殊な構造を持つ。
- エンジン:主要な動力源は、ロールス・ロイス社製のペガサスF402ターボファンエンジンである。このエンジンは、機体中央部に配置され、機体の重心をVTOL時に維持する役割を果たす。推力偏向ノズルが4基装備されており、これらのノズルが推力の方向を自在に変えることで、垂直離着陸やホバリングを可能にする。
- 主翼:主翼は、従来のハリアーよりも面積が約14%拡大され、軽量な複合材(CFRP)が多用されている。これにより、燃料搭載量が増加し、航続距離と兵装搭載能力が向上した。また、翼端には安定性を高めるための補助翼(ロールリアクションノズル)が備えられている。
- コックピット:コックピットは、広範囲な視界を確保するため、バブルキャノピーを採用している。操縦席には、HOTAS(Hands On Throttle-And-Stick)システムが導入され、操縦士が操縦桿とスロットルから手を離すことなく主要なシステムを操作できる。多機能ディスプレイ(MFD)やヘッドアップディスプレイ(HUD)も装備され、操縦士の状況認識能力を高めている。
- 降着装置:主脚は胴体中央部に、補助脚は両主翼にそれぞれ2つずつ配置されている。短距離離陸時には、主脚のタイヤの角度を調整することで、離陸距離を短縮する「SKI-JUMP」離陸も可能である。
バリエーション[編集]
AV-8B ハリアー IIには、いくつかの主要な派生型が存在する。
- AV-8B ハリアー II:初期生産型。昼間作戦能力を主眼に置いたモデル。
- AV-8B ナイトアタック ハリアー II(Night Attack Harrier II):夜間攻撃能力を強化したモデル。FLIR(Forward-Looking Infrared)や夜間暗視ゴーグル(NVG)に対応したコックピット照明、地形追随レーダーなどが追加された。
- AV-8B ハリアー II プラス(Harrier II Plus):全天候型攻撃能力とレーダー誘導ミサイル運用能力が付与された最新型。F/A-18ホーネットにも搭載されているAN/APG-65レーダーを小型化したAPG-65レーダーを搭載し、AIM-120 AMRAAMなどの運用が可能となった。また、エンジンも改良型が搭載されている。
- TAV-8B ハリアー II:AV-8Bの複座練習機型。
運用国[編集]
AV-8B ハリアー IIは、以下の国々で運用されている。
- アメリカ
- アメリカ海兵隊:AV-8Bの最大の運用国であり、主要な攻撃機として配備されている。
- イギリス
- スペイン
- スペイン海軍:プリンシペ・デ・アストゥリアス級航空母艦で運用された。
- イタリア
- イタリア海軍:カヴール級航空母艦およびジュゼッペ・ガリバルディ級航空母艦で運用されている。
実戦での活躍[編集]
AV-8B ハリアー IIは、その運用開始以来、様々な紛争や軍事作戦において実戦投入されてきた。
- 湾岸戦争(1991年):アメリカ海兵隊のAV-8Bが、イラク軍の地上部隊への近接航空支援や偵察任務に従事した。
- イラク戦争(2003年-):継続的にイラク国内での作戦に参加し、地上部隊の支援を行った。
- アフガニスタン紛争(2001年-):ターリバーンに対する作戦で、CAS(Close Air Support)を提供した。
- リビア内戦(2011年):国連安保理決議1973に基づく飛行禁止空域設定作戦において、イタリア海軍のAV-8Bが参加した。
これらの作戦において、AV-8BはそのVTOL能力を活かし、前線に近い臨時滑走路や強襲揚陸艦から迅速に展開し、地上部隊を支援する能力の高さを示した。
主要諸元(AV-8B ハリアー II プラス)[編集]
- 乗員:1名
- 全長:14.12 m
- 全幅:9.25 m
- 全高:3.55 m
- 主翼面積:22.61 m²
- 空虚重量:6,336 kg
- 最大離陸重量:14,000 kg(VTOL時)、18,800 kg(短距離離陸時)
- エンジン:ロールス・ロイス F402-RR-408 ターボファンエンジン × 1
- 推力:95.8 kN (21,700 lbf)
- 最大速度:マッハ 0.9(高度)
- フェリー航続距離:3,300 km(外部燃料タンク使用時)
- 戦闘行動半径:556 km
- 実用上昇限度:15,000 m
兵装[編集]
- 固定武装:GAU-12 イコライザー 25mm ガトリング砲ポッド(着脱式)
- ハードポイント:7箇所(胴体中央部1箇所、主翼下6箇所)
- 搭載可能兵装:
- AIM-9 サイドワインダー
- AIM-120 AMRAAM(プラス型のみ)
- AGM-65 マーベリック
- GBU-12、GBU-16、GBU-24、GBU-38 JDAMなどの各種誘導爆弾
- Mk 82、Mk 83、Mk 84などの各種無誘導爆弾
- ハイドラ70ロケット弾ポッド
- 増槽(外部燃料タンク)
- 搭載可能兵装:
豆知識[編集]
- AV-8BハリアーIIのVTOL能力は、狭いスペースでの運用や、損傷した滑走路からの離着陸を可能にし、従来の固定翼機にはない戦術的柔軟性を提供しました。
- この航空機は、特にアメリカ海兵隊において、強襲揚陸艦から運用できる唯一の固定翼戦闘攻撃機として、その価値を長く維持してきました。
- AV-8Bのニックネームとして、「ジャンプジェット」と呼ばれることもあります。これは、その独特の垂直離着陸能力に由来しています。
関連項目[編集]
- ホーカー・シドレー ハリアー
- BAE ハリアー II
- F-35 ライトニング II - AV-8Bの後継機として開発された。
- アメリカ海兵隊の航空機一覧
参考書籍[編集]
- グレッグ・マクリーン『ハリアー:垂直離着陸戦闘機の歴史』大日本絵画、2000年。ISBN 978-4-499-22709-3。
- ジョン・レイク『近代軍用機シリーズ:AV-8BハリアーII』イカロス出版、2005年。ISBN 978-4-87149-698-4。
- 『世界の傑作機 No.108 AV-8B ハリアーII』文林堂、2005年。ISBN 978-4-89319-122-3。