高須克弥
高須克弥(たかす かつや、1945年(昭和20年)1月22日 - )は、日本の医師(美容外科医・整形外科医・形成外科医)・医学博士・タレント・政治活動家。芸能事務所のオールアウトに所属している。「医療法人社団 福祉会」の理事長、「高須クリニック」(美容外科)院長。浄土真宗の僧侶でもある。
経歴[編集]
1945年(昭和20年)1月22日に愛知県西尾市一色町で生まれた。江戸時代から続く先祖代々から医師の家系だった。高須氏の先祖は徳川家康に仕える医者の家柄だったという。父親は高須氏が子供の頃に41歳で亡くなった。ちなみに、母親は産婦人科医で、祖母も小児科医だった。子供の頃の高須氏の将来の夢は漫画家になることだったという。
1963年(昭和38年)3月に愛知県名古屋市にある私立の東海高等学校を卒業。東京都品川区旗の台にある昭和大学(現在の昭和医科大学)医学部に入学。大学時代には空手部やアイスホッケー部に所属していた。また、山岳診療所などでアルバイトをしていた。1969年(昭和44年)3月に昭和大学(現在の昭和医科大学)医学部を卒業。
昭和大学(現在の昭和医科大学)医学部を卒業後は整形外科医として臨床経験を積んだ。1973年(昭和48年)に昭和大学(現在の昭和医科大学)大学院(博士課程)を修了し「医学博士」を取得した。その後、西ドイツのキール大学、イタリアのボローニャ大学やローマ大学などに海外留学した。
高須病院(整形外科)を開業[編集]
1974年(昭和49年)に、愛知県西尾市一色町で医療法人福祉会「高須病院」(整形外科)を開業した。ドイツで学んだ当時、最新の整形外科の医療技術を自分の病院に導入して、骨折患者の入院期間を大幅に短縮させた。
2008年(平成20年)に実家である「高須病院」を運営する「医療法人社団 福祉会」の理事長に就任した。関連グループとして「老人ホーム」や「デイ・サービス」などの高齢者福祉事業なども運営している。
高須クリニック(美容外科)を開業[編集]
1970年代の日本では、美容外科の認知度が低い時代に美容外科に注目して整形外科から美容外科に転身した。1976年(昭和51年)11月に、愛知県名古屋市に自由診療の「高須クリニック」(美容外科)を開業した。1980年代~1990年代の頃に「美容外科医」としてテレビ番組に出演するうちに、次第に注目を浴びるようになり美容外科の認知度も高まっていった。
1970年代の日本では美容外科の認知度が低かったために、整形外科から美容外科に転身する際に、医師の親戚、家族などからの強い反対意見があった。しかし、高須氏は海外のドイツで学んだ美容外科の最新の医療技術を日本に導入すれば美容外科として絶対に成功できると強く確信していた。
高須氏がヘリコプターに乗って飛行しているインパクトの強いテレビCMで認知度が高まった。
2026年(令和8年)現在は癌(がん)のために闘病中である。
家族関係[編集]
前の妻は昭和大学時代の同級生で産婦人科医の高須シズだったが病気で死別した。漫画家の西原理恵子は内縁の後妻。死別した前の妻との間に長男の高須幹弥(美容外科医)がいる。
主義・思想[編集]
外部リンク[編集]
- 高須クリニック(美容整形・美容外科) 公式サイト