渡辺正行

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渡辺正行 (わたなべ まさゆき、1956年1月24日 - ) は千葉県いすみ市[注 1]出身のタレント・俳優・司会者・コメディアン。愛称はナベさん[注 2]・リーダー。血液型はA型。

人物[編集]

明治大学経営学部卒業。明大では落語研究会に所属し、落研の伝統名跡である「紫紺亭志い朝」の6代目を名乗っている[注 3]。
1977年に明大同窓の小宮孝泰、早大出身のラサール石井とコント赤信号を結成し、1980年代からはピンでの出演が多くなる。コント赤信号ではリーダーを務めていた。

『M-1グランプリ』では2005年・2006年・2008年・2009年・2010年・2017年大会で、『R-1ぐらんぷり』では2004年・2019年大会で、『THE MANZAI』では2011年・2014年大会で、いずれも決勝戦で審査員を務めた。特にM-1では、最終決戦で自身が投票したコンビがすべて優勝している[注 4]。

1999年に結婚し、2000年1月24日に1女を授かった。

兄と妹が1人ずつおり、兄は地元のいすみ市で焼き鳥屋を営んでいる。

その他[編集]

杉兵助門下の弟弟子だった肥後克広とテアトル・エコーの後輩だった寺門ジモンら3人を会わせて、ダチョウ倶楽部結成のきっかけを作ったのは渡辺である。

注[編集]

  1. ↑ 出生時は夷隅郡夷隅町。
  2. ↑ 明石家さんまなどからは「ナベ」と呼び捨てにされることもある。
  3. ↑ 4代目は三宅裕司、5代目は立川志の輔が名乗っている。
  4. ↑ 春風亭小朝と立川志らくも同様。